カラー図解 進化の教科書 第2巻 進化の理論

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★あらすじ

フランス政府は、観光地整備にあたってヤブ蚊対策のために大量の殺虫剤を散布した。ヤブ蚊の数は急減したが、しばらくすると殺虫剤が効かなくなり、またその数が増えてしまった。一方、殺虫剤を散布していない地域で同じ殺虫剤を使うと、そこではヤブ蚊は死ぬ。調査で明らかになったのは、観光地では殺虫剤に耐性を持ったヤブ蚊が増え、他の地域では殺虫剤耐性ヤブ蚊の割合は低いままだったのだ。観光地のヤブ蚊の集団は、新しい環境(殺虫剤散布)に適応して進化していたのだ。
集団に含まれる個体は対立遺伝子(生物の形や機能などを決めるもの。殺虫剤に耐性がある・ない、など)を持っている。集団内におけるこの対立遺伝子の分布と頻度に関する研究は「集団遺伝学」と呼ばれている。対立遺伝子の多様性のパターン、頻度変化が主たるテーマだ。上記のヤブ蚊の例だと、エステラーゼ遺伝子座にある対立遺伝子の違いによって、殺虫剤耐性のあり・なしが決まる。対立遺伝子の頻度の変化が進化を引き起こすのだ。
対立遺伝子の頻度変化のメカニズムはいくつかに分類されている。

  • ハーディー・ワインベルク平衡 : 対立遺伝子頻度の変化がない状態。
  • 遺伝的浮動 : 子孫に小数しか伝わらない対立遺伝子が“偶然”減少する。
  • 自然淘汰 : 環境に不利な対立遺伝子(の個体)が減少する。
  • 移動(遺伝子交流) : 新しい対立遺伝子を持つ個体が集団に加わる。
  • 突然変異 : 対立遺伝子の一つが別の対立遺伝子に変化する。

生物の身体の形や機能、特徴の決定には多くの対立遺伝子が関係していることが多い。そのため、個体間の差異は定量的になる。連続的に変異する表現型と、その進化のメカニズムを研究する分野は「量的遺伝学」と呼ばれている。統計的手法を用いて、集団内の特徴がどのように分布しているのか、また変化していっているのかを明らかにしていく。

★基本データ&目次

作者Carl Zimmer, Douglas J. Emlen
発行元講談社(ブルーバックス)
発行年2017
ISBN9784062579919
訳者更科功, 石川牧子, 国友良樹
  • 第5章 進化のメカニズム―遺伝的浮動と自然淘汰(集団遺伝学;ハーディー・ワインベルクの定理 ほか)
  • 第6章 量的遺伝学と表現型の進化(量的形質の遺伝学;選択への進化的応答 ほか)
  • 第7章 自然淘汰(鳥の嘴の進化;黒いマウスと白いマウス ほか)
  • 第8章 性淘汰(性の進化;性淘汰 ほか)

★ 感想

「遺伝子の違いによって生物の形や特徴が変わってくる」ことや、「遺伝子が変化すると、生物は進化する」という漠然とした理解はあったが、きちんと学んだことは初めてだった。なんとなく、突然変異が進化の原動力の一番大きなもの、と言うイメージがしていたが、それは違っていた。それよりも、遺伝的浮動や移動という要因の方がしばしば起きていて、意外に速く(数世代で?)“量的変化”が見られるのだ。そして自然淘汰はそれを加速させたり、方向性を持たせたりしている。なるほどねぇ。

このシリーズ、教科書と言うだけあってちゃんと(?)数学的な説明も為されていて、数式も出てくる。だが、説明が丁寧だし、例示も多いのでとても分かり易い。各章の冒頭にある挿話は、まさにその章で説明する内容をよく表していて理解が進む。そして、何よりも「どうなっているのだろうか?」「なるほどねぇ」と、興味を喚起してくれ、教科書でありながら“先が読みたい”という気にさせてくれる。日本の教科書、最近のは知らないが、自分が子供の頃にはもっと“無味乾燥”としていたイメージがある。こんな風に楽しげに書いてくれていたら、もっと勉強もはかどったのかも。

性淘汰の話はやはり興味深いものばかりだ。人間界では「ジェンダー問題」が話題になることが多いが、生物としては性による違いはやはり大きいようだ。メスの興味を喚起させるために“無駄に”大きな角を生やしたり、尾羽の長さを普段の生活には邪魔になるほど長くしたり。まあ、社会的な意味合いでの性による格差の問題とは別に考えねばならないが、そのためにも生物としての性淘汰とそれによる表現型への影響は知っておくべきだろう。「ジェンダー問題」は、何でもかんでも男女を一緒に扱えば良いというものではなく、違いがあった上で社会的に“同じ”にするには努力が必要なのだ。

ヒルガタワムシは、元は性を持っていたのだが、一億年の昔、有性生殖を止めてしまった(オスとメスの違いがなくなった)のだそうだ。性差のもつ“コスト”からみて、これは必要ないとなった例だろう(もちろん、意志を持って変化した訳ではなく、比喩的な意味だが)。進化は偶然が作用することが多いため、決して「コストパフォーマンスを最適化」するとは限らない。今の我々も含め、生物はその意味で無駄が多い。現世生物が“ベストな状態”ではない。このこともよく誤解されていると思う。「人間は進化の頂点に立っている」などと言うことは決してないのだ。本書を通して、そのことがよく理解できる。

ジェンダーやら生物多様性などの社会的問題を考えるにあたっても、その基本として知っておくべき事柄ばかり。必読の書だろう。

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