マニ教

★あらすじ

マーニー教は三世紀の西アジアで生まれた宗教。教祖はパルティア貴族の末裔であったマーニー・ハイイェー。彼はユダヤ・キリスト教系の洗礼教団に子供の頃から所属し、破門された後、独自の教義を自ら創造した。彼はその教義を自ら書物に著し、さらにはミニアチュール(書籍の中の挿絵)も自分で描いて、一人で“マーニー教”の体系を構築してしまったのだ。それ故、マーニー教は「人工の宗教」、「書物中心の宗教」と呼ばれている。
のち、ほぼ消滅してしまったマーニー教。そのため、彼の創作した著作物で完全な形で残っているものはない。現在、知られているのは以下の九冊のみ。

  • 「シャーブフラガーン」:預言者論と終末論が主題
  • 「大いなる福音」:マーニーを最後の預言者とする預言者論
  • 「生命の宝庫」:マーニー教の教義体系
  • 「伝説の書」:神々や人間の創造を神話的に表現
  • 「奥義の書」:バル・ダイサーン派やユダヤ教の神話への反駁
  • 「巨人の書」:「伝説の書」と並んで、マーニーの教義を神話的に表現
  • 「書簡集」:マーニーが各地へ派遣した使徒たちに与えた書簡集
  • 「賛歌と祈祷文」:アラム語の韻律による詩編と祈祷
  • 「アルダハング」:マーニーの福音を図解するための絵画集

このうち、「大いなる福音」から「賛歌と祈祷文」の七冊を“七大聖典”と規定した。そして、マーニーは使徒たちにこれら聖典を持たせ、各地へ布教をするよう派遣する。

マーニーは論理的と言うよりも、情緒的な神話を叙情的に語るようなものだった。それは、ユダヤ教・キリスト教、そして当時は一大勢力を築いていたグノーシス派(二元論(善と悪)を中心にしたキリスト教の“異端”)、ゾロアスター教(教祖のザラスシュトラ・スピターマがイラン人の神話を、善と悪との二元論にまとめ上げて創られた宗教)の神話を自分好みに取捨選択し、換骨奪胎して作り上げたもの。各宗教の登場人物(神)をそのまま登場させ、ストーリーだけを変えていくのだ。そのためか、各宗教の信者たちには馴染みやすく、知らぬ間にマーニー教へと導かれていく(改宗していく)こととなった。そのため、一時期はユーラシア大陸全体(ローマ帝国、中央アジア、そして中国まで)、アフリカのエジプトまで信者を獲得していった。これだけを見ると、キリスト教・仏教・イスラム教と肩を並べる「第四の世界宗教」となったかも知れない存在だったのだ。

しかしながら、信者を盗られていった既成宗教からの激しい迫害、人工的な「書物の宗教」故に信者の生活に根付いた冠婚葬祭などの宗教儀礼を欠いていたこと、そしてその書物が書かれた言語(東アラム語、中世ペルシア語)がイスラーム時代には死語になってしまったことなどが原因となり、結局は歴史の中に消え去ってしまったのだ。
本書ではそんなマーニー教に関しての研究の歴史、教義の概要、そして世界各地でマーニー教が辿った歴史を概説する。

★基本データ&目次

作者 青木健
発行元 講談社(講談社選書メチエ)
発行年 2010
ISBN 9784062584869
  • プロローグ――マーニー・ハイイェーとマーニー教
  • 第1章 マーニー教研究資料の発見史――西域の砂漠から南シナ海沿岸の草庵まで
  • 第2章 マーニー・ハイイェーの生涯――「イエス・キリストの使徒」にして「バビロニアの医師」
  • 第3章 マーニー・ハイイェーの啓示――現世の否定と光の世界への帰還
  • 第4章 マーニー教の完成
  • 第5章 マーニー教教会史1――エーラーン・シャフル
  • 第6章 マーニー教教会史2――ローマ帝国
  • 第7章 マーニー教教会史3――ウンマ・イスラーミーヤ
  • 第8章 マーニー教教会史4――中国
  • エピローグ
  • 参考文献表
  • あとがき

★ 感想

新興宗教の教祖になりたいって人にとっては格好の参考書かも?!というのが第一印象。教祖自らが一大聖典群を著述・整備し、絵解き“解説本”まで用意する。そして、既存宗教に食い込むための戦略(相手の教義に出てくる神々を旨く自分の神話に取り込んでしまう。そして信者も、、)を元にして各地で布教する。なるほど、これならば他の宗教の信者たちに「こっちの教えの方が、この世界をより深く語れているんだ。君の信じていた神々は実はこのストーリーの中にも出てきていて、本当はこっちの姿が正しいんだよ・・・。」という感じで広めていけそう。
これはマーニー教に対する印象そのものでもあります。名前は知っていたものの、これまでは「中東の一部でパッと出てきてパッと消えた、ゾロアスター教のローカルな一派」的な知識、いや、印象しかなかったのが本音。こんなにも広大な範囲で布教活動が行われ、そして何よりも独自の世界観を構築していたとは知りませんでした。“敗者”ゆえに経典は散逸し、他の宗教から“異端”のレッテルを貼られてしまい、その本当の姿を知るのが難しくなってしまった故でしょうか。まあ、私の勉強不足のせいというのが一番ですが。

キリスト教にしろ、イスラーム教にしろ、一神教では「なんでこの世界に“悪”が存在するのか?」に対する答えがなかなか難しいものとなっている。人間の原罪のせいだ、などとあるけど、全てが“唯一の神”が創りだしたもののはずだからどんな説明も言い訳がましく思える。自然災害にしろ、戦争にしろ、犯罪や病気にしろ、“罪のない”子供たちがなぜ死ななければならないのか。なかなか難しいものがある。だが、この世界は善と悪との争いの中にある、という二元論的な考え方は、その点においては説明がし易いし、納得性もあるだろう。この世界は善と悪との戦いの最中にあるだとか、人間は元々は善の存在だったけど、悪の作った肉体に閉じ込められているんだ等など。そのために人間は悪いこともするし、死ぬことによって悪なる肉体から解放される(つまりは、人は死すべき存在である)となっていく。
もちろん、二元論はマーニーが考え出したオリジナルのアイデアではないけれど、それを軸に一つの神話体系を生む出したのはすごいものだ。

第1章が「マーニー教研究資料の発見史」とあるけど、まさに探検の末に発見されていったのがマーニー教の経典の各言語への翻訳だったり、他の宗教から見た“異端反駁”の書だったりしたのだそうだ。しかも、断片的なものばかりだし、対立する宗教の側からみた記述なので偏りも多い。そこからマーニー教の教義やマーニーの生涯、そしてマーニー教の伝道の歴史を読み解くのは並大抵のことではないだろう。それ故、未だ確定した(全員一致の)学説は確立していないようだし、著者が語るように「新たな発見があれば全てが覆る」可能性もあるようだ。千数百年の昔に消えてしまった宗教なのに、かなり“ホット”。そんなところにも惹かれるものがある。

そんな魅力的なマーニー教に関して、独特の語り口で解説してくれる本書は、一般向けの書物としてはかなり網羅的に全体を見渡せるようになっている。マーニー教入門書としては最適なのではないだろうか。とっつきにくい主題でありながら、楽しく、興味を持って読めた。おすすめの一冊だ。

・ 電子書籍版

・ 紙版





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