新・平家物語

★あらすじ

平清盛は少年時代、貧困の中にいた。伊勢源氏の流れをくむそれなりの家柄。父の忠盛は鳥羽院から昇殿も許されるほどに取り立てられていたが、清貧の人であった。母は藤原家出身で、貧しい生活に耐えられるはずもなく、夫婦の中はうまく行っていない。清盛は鬱屈した青春時代を送ることになる。そんな彼の学友には佐藤義清(のちの西行法師)、遠藤盛遠(のちの文覚上人)らがいた。その後の長き人生の中でつかず離れずの関係となる彼らとの仲はこんな時からのものだったのだ。

だが、時代は武力を必要とするようになり、平氏・源氏に関わりなく武士の地位は上がっていく。中でも平忠盛は複数の国の守(かみ)となり、息子の清盛も初めて安芸守に任官した。そして、彼にとって最初の試練がやってくる。比叡山の僧たちとの争いだ。僧兵は神輿を担いで山から大挙して都に押し寄せては、彼らの要求を院や朝廷にごり押ししていたのだ。当時は庶民は元より、公家や武士も神威を信じ、神に背くと必ずや天罰が下ると恐れていたのだ。そんな僧兵達と、清盛の義弟(妻である時子の弟:時忠)が諍いを起こし、相手をたたきのめしてしまったのだ。僧兵達は時ただを罰せよ、こちらに引き渡せと要求をしてきた。そして、例によって神輿を担いで山から下りてきた。清盛は院に対し「自分の(家来の)まいた種。自分が僧侶どもを鎮めてくる」と宣言し、その許しを得て僧兵達の前に立ちはだかる。清盛の信じるものは人とは違った。人に仇なす神は神に非ずとして、神輿に矢を射ったのだ。清盛には神罰が下ることもなく、矢を射ったあともちゃんと生きている。日頃、僧兵達の悪行に業を煮やしていた町の人々も歓声を送り、さらには狼狽している僧兵達に石つぶてを投げつけて清盛に加勢したのだ。
この一事によって、平清盛は既成概念に囚われることなく、己の信じるところを突き進み、時代を変えていく存在だと言うことが世の中に知れ渡ったのだった。

そんな清盛だったが、時代の流れには逆らえない。院や朝廷の権力争いに巻き込まれていく。保元・平治の乱だ。ここでは平氏も源氏もなく、身内の中でも敵味方に分かれて争うことになる。そして、都を火の海にした争いの後に覇を手にしたのは後白河と清盛だったのだ。

★基本データ&目次

作者 吉川英治
発行元 ゴマブックス株式会社
発行年 2014
  • ちげぐさの巻
  • 九重の巻
  • ほげんの巻
  • 六波羅行幸の巻
  • 常磐木の巻
  • 石船の巻
  • みちのくの巻
  • 火の国の巻
  • 御産の巻
  • りんねの巻
  • 断橋の巻
  • かまくら殿の巻
  • 三界の巻
  • くりからの巻
  • 一門都落ちの巻
  • 京乃木曽殿の巻
  • ひよどり越えの巻
  • 千手の巻
  • やしまの巻
  • 浮巣の巻
  • 壇ノ浦の巻
  • 悲弟の巻
  • 静の巻
  • 吉野雛の巻
  • 完結のことば

★ 感想

大河ドラマ「平清盛」は2012年の放送。このドラマにはまって、その後、何冊も平清盛関連の本も読み、清盛の偉大さに驚かされたのでした。日本の歴史を古代(王権による国家)から中世(武士の世の中)へと変えた人物だ。そんな平清盛だが、古典の平家物語ではヒールとして描かれている。「平家にあらずんば人に非ず」のセリフで知られるような、驕り高ぶった存在で、最後には神罰にも等しい病で苦しんだ後に死んだことになっている。源平の争乱の後に、勝者源氏の立場から描かれた物語故に致し方ないのだが。

吉川英治のスタンスは違っていた。歴史の流れを俯瞰し、実際はこんな感じではなかったのか、同じ人間なのだからこんな風に振る舞っただろうとの想像を加え、“納得感のある”物語に仕上げている。そして、平家の繁栄・没落は元より、あだ花のようにぱっと咲いて散った木曽源氏の物語、そして源頼朝・義経兄弟の話が積み重なる。さらには、全体を通して物語に登場する人物を据え、壮大な叙事詩を一つにまとめている。
物語のテーマは何なのだろうか。無数の人物の生涯が描かれ、それぞれが異なった考えを持った人物達だ。だが、一本の軸としてはやはり「平家物語」の序文 “祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。” なのだろう。時代を変えるほどの偉業を為し、覇を掴んだ平清盛も、彼の死後数年で平家は滅んでしまった。木曽義仲は京都の街に凱旋して朝日将軍と称されたのもつかの間、すぐに戦死してしまう。義経も源平合戦の功績はどこへやらで兄に討たれてしまう。そんな源氏も三代で将軍の座から消えてしまった。いやはや、歴史とは残酷なものだ。
そのせいだろうか。各々の人物の最期を描くにあたっては吉川英治の文章は意外なほどにあっさりしている。大河ドラマ「真田丸」では、“有名人”の死をナレーションだけで済ませた、ということで話題になったが、吉川英治の文章は五十年以上も前にそんな感じだったのだ。戦記物であれば、武将の最期はまさにクライマックスシーンとして描くだろう。だが、木曽義仲にせよ、源義経にせよ、最後のシーンは数ページのみ。死を美化しすぎることなく、その人がいかに生きたかを描いていると言うことなのだろう。自分の置かれた立場と、自分の中の信条とのギャップに苦しむ様子を丹念に描き、“盛者必衰の理”の奥にあるものを説いている。

歴史の“常識”的なものに対してもしっかりと描かれているのがすごい。例えば、一ノ谷合戦では源義経のひよどり越えの奇襲が先勝の主たる要因だったと一般には思われている。だが、後白河院が出した休戦を命じる(偽の)院宣によって平家側が油断していたのが大きな要因だったとこの物語では描かれている。実際、そのように解釈されるのが最近の歴史の見方のようだ。そんな話がもう吉川英治によって語られていた訳だ。

超長編の一大絵巻。でも、読んでいて飽きることはなかった。読むのに足かけ一年かかってしまったが、その価値は大いにありだと思う。十何巻もあるこの作品だが、ありがたいことに、電子ブックで購入すれば本棚からはみ出すこともなく、さらにはかなりリーズナブルな値段になっている。おすすめだ。

・ 電子書籍版

別の出版社から出ているものもあるみたいです。





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