生きて帰ってきた男――ある日本兵の戦争と戦後

★あらすじ

主人公は北海道開拓民の子どもとして生まれ、旧制中学を出たあとに勤め人となるものの招集される。戦後はシベリアに抑留され、帰国したあとも職を転々としたり、結核療養所に入ったりと苦労の絶えない人生を送った、そんな「ある男」の物語だ。そんな男の人生を追っていくと、戦前・戦中・戦後の“庶民”から見た歴史が見えてきたのだった。

祖父は新潟の出身だったが、米の先物取引に失敗して土地を失い、北海道に渡ってきた。祖父も、父もその後は色々な職を転々とした。旅館をやってみたり、代書屋(役所のそばの店舗で、提出書類の作成を代行する仕事)の手伝いをしたり。その後、祖父母が東京に移り、小さな商店を興す。主人公含め、兄弟たちもそこに移り住む。戦前には小さな長屋で商売をする者が多かった。技能があった訳でもないが、国家資格なども必要のない時代だったので、菓子屋や惣菜屋などがそこそこの収入を得る手段として選ばれたのだ。
当時、子供たちには高等教育は必要なく、いかに生きていくかの術を身につけさせるのが大事、と言うのが世の親の一般的な考え方だった。中学、高校と進むのは給与所得者世帯の話。主人公一家も同様に、教育よりも仕事だったのだが、主人公は一家で初めて旧制中学(早稻田実業)へと進んだのだ。祖父が、「**実業」の名前から、仕事の技量が身につくのだろうと考えたかららしい。
終戦も間近になった頃、主人公は繰り上げ卒業をして、企業に就職していた。そして召集令を受け、入隊した。日中戦争の頃には隣近所で出征兵士を送り出すイベントが街角で行われていたが、この頃には誰もそんなことをする者はいなかった。
欧米各国に南方戦線をどんどん崩されていった日本軍は、中国から関東軍の精鋭をを南方へと移動させていた。手薄になった満州には、主人公のように急場しのぎで駆り出された兵士が、送り込まれたのだ。そして、終戦。彼らは進駐してきたソ連軍の捕虜となり、その後数年にわたって抑留生活を送ることになってしまった。

シベリアからやっと帰国しても、そこには貧困生活が待っているだけだった。空襲で東京の家は跡形もなくなり、強制疎開させられた祖父母たちは生きていくために財産を使い果たしてしまっていた。誰も彼もがそんな感じだった。主人公は職を転々としながら何とか食いつなぐ。だが、抑留生活やその後の貧困生活のせいか結核にかかってしまい、今度は療養所に強制入院させられてしまったのだ。当時の法律では、結核になると完治するまで強制的に隔離入院させられてしまっていた。ここでも退院までに数年を要してしまい、主人公はソ連の抑留生活と合わせて二十代のほとんどを自由を奪われて過ごしたことになる。

三十代になった主人公。その頃の日本は高度経済成長期へと移っていった。

★基本データ&目次

作者 小熊英二
発行元 岩波書店(岩波新書)
発行年 2015
  • 第一章 入営まで
  • 第二章 収容所へ
  • 第三章 シベリア
  • 第四章 民主運動
  • 第五章 流転生活
  • 第六章 結核療養所
  • 第七章 高度成長
  • 第八章 戦争の記憶
  • 第九章 戦後補償裁判
  • あとがき

★ 感想

著者も本書の中で書いているが、“戦争体験記”というとそれなりに学のある人々のものばかりだ。「きけ わだつみのこえ―日本戦没学生の手記」はその代表格で、私も読んだことがある。また、戦争映画やドラマもちょくちょく見るが、そこでは学徒出陣の出征兵士を、日の丸の旗を振って万歳三唱しながら見送るシーンが度々出てくる。でも、本書によるとそんな光景は“過去のもの”となっていて、一般庶民は冷めていたようだ。

一億総中流時代も最近の格差社会で変わってきてはいるが、どうしても“サラリーマン世帯”が日本の一般的な家庭像として刷り込まれてしまっている。でも、戦前・戦中・戦後すぐは、今の中国やインドのように中流以上の割合は一割程度で、残りの大多数が貧困生活を送っていて、それが普通だった(マジョリティだった)のだ。そこから見えていた時代は、世間は、世界は、中間層以上の、特にインテリ層が語るものとはずいぶんと違ったものだったのだ。「歴史は勝者が作る」だの、そのアンチテーゼとしての「敗者の歴史」などがよく語られるが、勝者にしろ敗者にしろ、結局は為政者たちの歴史だった。マジョリティは自分たちの歴史を語ることもなければ、それを文字に残すことも当然ながらしてこなかった。それはごくごく最近、我々の祖父母、父母の時代に対しても同じだったのだ。

本書は、これまでの歴史書とはその点で一線を画す。知らなかった話、なんだそんな感じだったのかという話が一杯だ。さらには戦中や戦後の抑留生活だけではなく、戦前の暮らしや戦後から今に至るまでの様子も語られ、当たり前ではあるがそれらは繋がっているのだと再認識させられる。そしてそんな“庶民目線”からでも世界情勢(本書の場合はアジアの情勢)や日本経済の動向、戦後の戦争責任論などがしっかりと見えている。それもまた驚きと言える。
戦争はもうこりごりだ。ソ連の体制は良くない。天皇には戦争責任がある。そんなセリフが主人公から語られるが、それは単純な、保守だの左翼だのといったイデオロギーからではない。天皇の戦争責任に対しては、「軍隊の統帥権は天皇が持っていたのだから、トップが責任をとるのは当たり前。戦艦の艦長は船とともに運命を共にしたのだから」という、ある意味、戦中の軍国主義の教育を受けていたからの発想だ。また、ソ連の体制には反対しつつ、選挙では革新系政党に投票していたという。右だ、左だという、教科書的な分類を単純には当てはめられないのだ。

歴史を語るにも、分析するにも“複雑系”的な考え方が必要なのだろうか。色々と勉強させられる一冊。

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