黄砂の進撃

★あらすじ

一九〇〇年初春から、夏の終わりにかけて
この小説は史実に基づく
登場人物は実在する

張徳成は多少の拳法の心得があり、街でキリスト教徒のごろつきに襲われていた女(のちの義和団女性“部隊”を率いた「黄蓮聖母」:物語の中では「莎娜」)を助けた。清朝末期、欧米列国の侵出に伴ってキリスト教宣教師が中国各地に入り込み、新たな支配層となっていた。清朝にあって被支配層だった漢人たちの中には、食料がもらえるからという理由でキリスト教に改宗するものもいて、その一部が暴力も厭わない輩となっていたのだ。
そんないざこざに助け船を出したのが、義和団を率いる張徳成だった。彼に請われるまま、誘われるまま、張たちも義和団へと加わることになった。

その頃の義和団は、各地の武術集団や民間信仰の宗教団体の寄せ集めという感じだった。構成員は漢人たち。多くが農民で、読み書きを習うこともなく、「義和団に入れば孫悟空が自分に憑依して、不死身になれる」と信じている手合いだ。そんな彼らが標的にしたのは、村々で圧政を振るう宣教師たち。そしてその手下となった、同じ漢人でもある改宗者たちだ。武器も何も持たない彼らだが、自分は不死身だと信じて突進していく。武装した宣教師たちの標的にされるものの、圧倒的な数の義和団。仲間の屍を乗り越えて敵を圧倒していったのだ。
そんな戦いを繰り返すうち、張徳成と莎娜はリーダーへと祭り上げられていく。張は不死身の武闘マスターとして、莎娜は妖術を使うとして義和団女性メンバー「紅灯照」を率いるようになる。

ある程度の教養もあった二人は、不死身だの妖術だのがウソであることは分かっていた。だが、この民衆蜂起を先導するには、今は致し方ないと考える。だが、そんな彼らの葛藤や、漢人たちを何とかしなければと言う想いを越え、義和団は何十万もの数に膨れあがっていき、必然的に欧米列強+日本と、西太后が権力を握る清朝朝廷との国際間戦争へと巻き込まれていってしまった。
そして、北京で起きていた東交民巷(各国の公使館が並ぶ地域)包囲戦の最前線へと駆り出されてしまうのだった。

★基本データ&目次

作者 松岡圭祐
発行元 講談社(講談社文庫)
発行年 2018
ISBN 9784062938631

★ 感想

学校の歴史で習った「義和団事件」の記憶だと、“農民一揆の大きい奴”的な印象しか残っていない。清朝末期の混乱の中、各地で農民が暴れた、そして自滅していったというイメージだ。大学入試で日本史を選び、世界史はあまり勉強していなかったため、教科書の一ページ、いや一行程度の記憶しかないのだ。ましてや、活動のルーツとして武道やら宗教・民間信仰やらが関係しているとは、習ったかも知れないが、記憶になかった。
日本では一般的にも、そんなに“メジャー”な話ではないと思う。そんな題材を選び、その歴史を掘り起こしてこんなに面白い作品に昇華させてしまったのだから、著者の熱意とスキルに感嘆する。

後に起きた辛亥革命ならば、いわゆる“歴史の表舞台”の話で、歴史にも残り易いだろうが、義和団事件は基本的に民衆の起こしたものだ。そもそも、呼び名自体「義和団事件」だったり「義和団の乱」、「北清事変」だったりと統一されていない。当然、歴史的な資料も辛亥革命等と比べたら圧倒的に少ないだろう。なにせ、読み書きのできない農民たちの運動なのだから、当事者の生の声はそもそも残されようがない。著者の資料集めも大変だっただろうと想像される。まあ、だからこそ“物語”として創造できる部分も多いとも言えるが。
そのお蔭で、本書は「知られざる歴史の裏側」を知ることができると共に、エンタテインメント作品としても楽しめるものになっているのだろう。

まさに判官贔屓だが、敗者の語る歴史には心惹かれる。そして、そこから教訓めいたものも読み取り易い。文盲の烏合の衆だった農民たちは、宗教めいた動機で活動に参加していったが、やがて己を、事態の状況を理解していく。そして民族意識がそこに芽生えていく。そんなところに、民族紛争があちこちで起きている現在の世界情勢を見てしまう。今を見る、一つの視点を得る意味でも本書を読む価値はありそうだ。

なお、前作の「黄砂の籠城」は日本側から見た「義和団事件」を描いている、表裏一体の組み作となっている。どちらから読んでもOK。私も前作はこれからだ。

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