乱舞の中世 白拍子・乱拍子・猿楽

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★あらすじ

十一世紀半ば、院政期が始まる少し前から京の都では路上の芸能に人々が笑い転げる風景が普通になってきた。総じて「散楽(さんがく)」もしくは「猿楽」と呼ばれる数々の芸能には、呪術的な芸を行う呪師(しゅし)、人形回しの傀儡師(かいらいし)、田楽(でんがく)、琵琶法師、千秋漫才(せんじゅまんざい)、お手玉のような球を投げる品玉(しなたま)、中国独楽の輪鼓(りんご)、「独相撲」や「独双六」などの一人芸などがある。観客は「はらわたが断ち切れるほど、あごがはずれるほど笑い転げた」と伝えられている。
そんな庶民の芸能がだんだんと宮廷にも入り込んでいった。まずは「今様(いまよう)」と呼ばれる流行歌が白河院の時代に定着していった。簾の陰から覗き見するだけではなく、貴族たちは自ら流行歌を歌い、楽しんだのだ。白河院、その娘の令子内親王、待賢門院璋子などなど、それぞれの御所で今様を歌う場を作り、名手を抱えた。

時代はくだり、後白河院から後鳥羽院の時代になると白拍子・乱拍子が最盛期を迎える。乱舞の時代だ。貴族だけではなく、武士も酒宴や戦乱の場で乱舞に興じ、寺院でも延年(えんねん)と呼ばれる芸能尽くしの会が盛り上がりを見せ、衆徒(しゅと:下級僧侶)の得意芸として乱舞が披露された。
白拍子というと、静御前や祇王などが有名だが、女性ばかりが白拍子ではない。白拍子とは、元はリズムの名前だった。それが舞や舞手のことも指すようになり、歌謡や舞を加えた芸能となっていく。
白拍子の歌謡は「もの尽くし」が基本で、各地の名水を列挙したり、鶴や亀などの長寿のものを並べたり、“長”がつく言葉を並べたり、といった感じだ。中国の詩歌や古代の和歌などをベースにしつつ、新たなアレンジを加えている。また、舞はこの歌謡に合わせて踊るものと、その後に「セメ」と呼ばれる即興で和歌を詠いながら足拍子を踏んで舞う部分が加わる。この「セメ」は即興性がウリで、ここに演者の技量が表れる。

★基本データ&目次

作者沖本幸子
発行元吉川弘文館
発行年2016
ISBN9784642058209
  • 乱れる中世 プロローグ
  • 乱舞の時代の幕開け
  • 白拍子の世界
  • 乱拍子の世界
  • <翁>と白拍子・乱拍子
  • 能と白拍子・乱拍子
  • 乱舞の身体 エピローグ
  • あとがき
  • 主要参考文献

★ 感想

作者も冒頭に書いているが、日本の中世初期というと源平の合戦から始まる戦乱の世の中というイメージがある。武士は当然ながら、寺院も武装して僧兵たちが殺し合いを繰り広げる、殺伐とした雰囲気だ。鎌倉新仏教は、苦しみもがく民衆のやるせなさをベースに興ってきたもの、というのが教科書で習ったストーリー。もちろん、それは嘘ではないのだろうけど、政治・経済がバタバタしている時にこそ文化があだ花のように発展するというのも歴史の教えるところ。場所や時代は異なるけど、両大戦間のヨーロッパ、特にワイマール共和国(ドイツ)の賑やかさは似たようなものかもしれない。
後白河法皇が今様にハマっていたと言う話は「スタンプラリー特典・大河ドラマ「平清盛」スタジオ見学ツアー 清盛が出世して、屋敷も衣装も豪華に!:ぶんじんのおはなし:So-netブログ」などで紹介したように、大河ドラマ「平清盛」を観ていた頃に学んでいた。だが、この時代はここまで色んな芸能が興り、発展していった時代だったとは知らなかった。
今でこそ能や狂言などは格式張っていて、観劇の際に笑い出したらひんしゅくを買いそうだが、元はこんなにも自由で大らかで、親しみやすいものだったんだなと改めて認識した。それにしても「はらわたが断ち切れるほど」の笑いってすごいな。そこまでウケるとやっている方もさらにのってきそう。演者と観客との一体感はどんなだったのだろうか。また、衆徒(下級僧侶・僧兵たち)がお稚児さんの登場を待ち望み、出てくると輿に乗せて喜んだなんて話は、現代のアイドルとオタク以上の濃密な関係があったのだろうと、羨ましささえ感じる。

動画や音声はもちろん、ちゃんとした(我々が理解できる)楽譜や振り付けの資料などが残っていないこれら芸能関連の研究は、それだけで難しいものだと理解できる。著者は、各種文献の調査はもちろん、現在、日本の各地で残っている伝統芸能(かつての猿楽などをルーツとしたもの)を調べ、白拍子・乱拍子がどのようなものだったのかを再現している。と同時に、中世期以降は廃れて消えてしまった白拍子・乱拍子が現在の芸能にも繋がっていることも示してくれている。本書後半では、能の「翁」と白拍子・乱拍子・猿楽との関係を論じているが、「もの尽くし」の歌詞の名残があったり、「セメ」が転じた形式が残っていたりと、千年の時の流れを越えた繋がりがあるんだなと言うことが分かり、とっつきにくいと思っていた能を観てみたくなった。

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