★あらすじ
チェコスロバキアはカレル・チャペックの故郷。故郷の各地を巡っての紀行文となっている。
自分の故郷に二つの大きな碑がある。「おばあさん」の作者である作家のボジェナ・ニェムツォヴァーと、「我が祖国」のアロイス・イラーセクのものだ。父は、「おばあさん」に出てくるラチボジツェの水車場の親父さまのことを今でも覚えている。母方の祖父はフロノフ出身で、アロイス・イラーセクの父親をよく知っていた。祖父は亜麻粉砕の水車場の主をしていて、イラーセクの父親はパン屋だったから。
詩人の町ソボトカでは、いくつかの古城と異教徒的な自然があり、時間を計るのは何十年という単位ではなく、何世紀か何秒かなのだ。詩人の生涯は年数では示せない。その生涯は永遠と瞬間で構成されているから。
モラヴィアの町は、町であるばかりでなく、広場とガチョウを持つ村でもある。猫の頭のような玉石で舗装された広場が、何よりも一番美しい。
チェコの古い町はどこでも、その町に特有の塔を持っており、それによって、これはフラデツで、これはブルノ、これはブヂェヨヴィツェで、これはチェスキー・クルムロフだと見分けられるのだ。また、館は全体が彩色され、内も外もフレスコ画で覆われている。
カルロヴィ・ヴァリで最も目を惹くのは犬だ。フォックステリアたちは口和をはめずに走り回っているのを許されている。また、ひげを生やした男もこの町の名物だ。また、辻馬車と貸し馬車も特産品で、あちこちで走っている。そして、温泉の源泉ももちろん有名だ。
プラハの町は成長している。だが成長するのは町ではない。成長するのは、荒れ地の中の一戸建ての家々である。それとともに、不毛の地帯、絶望的で凶暴な、周辺部と呼ばれる土地が成長するのだ。周辺部の貧困問題はひどい。定職のない人たち、手間賃仕事だけの浮浪者、こそ泥、飲んだくれ、失業者、寡婦たちだ。そしてそこにはあまりにも多くの子供たちがいる。子供をたくさん抱えているから貧乏なのか、貧乏だから子だくさんとなってしまうのかわからない。だが、恐ろしい貧困の結実、貧乏人の子だくさんを生み出すのは結核と飲酒のせいだ。
わたしは、我が国の立法府議員のすべてが、この貧困の大きな裂け目を間近に見てほしいと思う。第一の緊急課題は、この貧困の叫び声である。
★基本データ&目次
作者 | カレル・チャペック(Karel Čapek) |
発行元 | 筑摩書房(ちくま文庫) |
発行年 | 2007 |
訳者 | 飯島周 |
- Ⅰ チェコ国内絵図
- わが故郷
- イラーセクの地
- 国の一隅
- 詩人の町ソボトカ
- モラヴィアの二つの停止点
- 奇蹟の漁(すなどり)
- ヴルタヴァ川に沿って
- クルシュネー山脈
- 山中でのイースター
- カルロヴィ・ヴァリ
- 今年のカルロヴィ・ヴァリ
- 生まれ故郷
- Ⅱ プラハめぐり1 古いプラハ
- プラハの起伏
- 古いプラハのために
- 国民劇場の建物
- プラハ城にて
- Ⅲ プラハめぐり2 成長するプラハ
- プラハっ子の驚き
- 大きなプラハ
- 世の中の穴へ
- 上方増築
- もはやきみは・・・
- 記念の日
- リンデンの木
- ヴルタヴァ川
- カンパの陶器市
- 夜のパノラマ
- プラハ上空の光
- Ⅳ プラハめぐり4 そこで暮らす人びと
- 聖十字架の丘
- ラファンダ地区
- 警察の手入れ
- 周辺地域で
- 市街地はどのようにして生じるか
- 展望
- Ⅴ スロヴァキア絵図
- 土地の顔
- オラヴァ
- 片足を地下に突っ込んで
- 片足をタトラ山中に突っ込んで
- ムリニャニ
- カレル・チャペック自身について
- 解説
★ 感想
カレル・チャペックはチェコの作家、劇作家、ジャーナリスト。二十世紀初頭に活躍し、多くの小説・戯曲、そして本書もその一冊である旅行記を著した。
本書の前半は、自分の故郷やその他の地域について、牧歌的で美しい様子を、詩を語るような調子で書いている。ヴルタヴァ川(モルダウ川)のゆったりとした流れと、その流域のきれいな町々。町はそれぞれに塔をもち、大きな館には立派な庭があると述べている。山、丘、谷、川の美しさを歌い、自分の故郷ではない異国なのに読み手を(私を)ノスタルジックな気分にさせてくれた。
百年も前の描写なのだけれど、カレル・チャペックの描く土地土地の姿は非常に“フレッシュ”な印象だ。町の景色、背景の山々の描写もさることながら、人々の暮らしが目に浮かぶような調子で描かれているのだ。旅先でこんな人々に出会ったら楽しそうだなと思わせてくれる。本書をガイドブック代わりに持って、かの土地を旅してみたいという気にさせてくれた。
だが、後半で調子は一変する。プラハの町を語り出したとき、初めは国立劇場の素晴らしさや、プラハ城の歴史を語っていた。だが、途中から様子ががらりと変わってしまった。プラハが都市として拡大していく様を述べていき、その都市の周辺部ではいわゆる“スラム”が発生していて、貧困のどん底にあえぐ人々が大勢いることを訴え始める。どういう経緯かわからないが、警察の手入れに同行して、住民の調査(不法居住者がいないかのチェック?)に立ち会っている。そこで、不潔極まりない状態の中、獣のようにうずくまっている子供たち、ぼろくずとシラミに覆われた子供たちの姿を描写している。そして、非常に具体的に、行政に対して対策をするよう訴えている。
「カレル・チャペック旅行記コレクション」のシリーズは何冊か読んでいるが、本作の前半は“いつもの感じだな”と思っていたのだが、後半のプラハの貧困問題に関してはずいぶんと調子が違うのに驚いた。自国の暗部を隠すことなく、逆に自国だからこそ真に問題をなんとかしなければという思いだったのだろうか。ずいぶんと熱く語っていて、それも含めての自分の故郷に対しての愛情の表れなのだろう。そして、「民衆新聞」社に生涯、身を置いていたジャーナリストとしての血が騒いだのかも知れない。
このシリーズ全体がおすすめだが、特に自分の故郷を語った本作は読むべき一冊だ。
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