小説の森散策

★あらすじ

本書は、「薔薇の名前」などの著者として知られる、イタリアの小説家・文芸評論家・記号学者・哲学者ウンベルト・エーコがハーヴァード大学ノートン・レクチャーズで行った六回の講義録をまとめたものだ。どのように読書すればいいのか、小説の作者はどのように読んで欲しいのかを説いている。

タイトルの通り、「森」とは物語テクストのメタファー(隠喩)である。小説は、分岐した小道の走る庭園のようなものでもあり、読者は森の中で(小説を読む時)絶えず、何らかの選択を迫られるのだ。分岐した小道のどちらに進むべきか(読んでいる話はどんな意味なのか、比喩なのか、真実を語っているのか。。。)、選ばねばならない。
経験的読者(単に小説を読んでいる読者)であれば、テクストをどのように読んでも許される。書いてあることを全て真実だと信じ込むのも悪くはない。シャーロック・ホームズを実在の人物と信じても構わない。だが、作者は読者に対してこのように読んで欲しいと思うものがある。そのように読むことができる読者をモデル読者と呼ぶ。直接には自分を巻き込むことのない話(シャーロック・ホームズは実在しない、架空の人物だということ)を追いかける準備のできている読者のことだ。それでいて、小説の虚構を受け入れつつも、常識的判断もできることが必要だ。

さらに、モデル読者には二つのレベルがある。第一レベルは、ゴールに辿り着くため、森のなかの道をとにかく進み続けられる読者。総当たりでも何でも良い。第二レベルは、ゴールに辿り着くため、森のなかの道の構造を考えられる読者のことだ。
テクストの構造としては、時間の流れの順序に沿ったものを「物語」と呼び、原因と結果を示した出来事を「プロット」と呼んでいる。これらの構造を第二レベルのモデル読者は読み解くことを期待される。

一方で、小説の中に何処まで現実性を求めるかも問題である。全ての歴史小説の基本的な約束事のひとつは、作者が物語のなかに登場させる架空の人物に人数制限はないが、それ以外は当時の現実世界の出来事にはほぼ照応していなければならない。
だが、作者自身が史実を知らなかったり、間違って覚えていることもある。三銃士の物語で主人公が街を歩くシーンがあるが、当時の地図に当てはめてみると、色々と“謎”があるのだ。その時代には名前が異なっていた通り、存在しなかった通りが出てくる。これをどのように捉え、解釈すれば良いのだろうか。。。

★基本データ&目次

作者ウンベルト・エーコ
発行元岩波書店(岩波文庫)
発行年2013
ISBN9784003271810
原作者Umberto Eco
訳者和田忠彦
  • 1 森に分け入る
  • 2 ロワジーの森
  • 3 森のなかの道草
  • 4 可能性の森
  • 5 セルヴァンドーニ街の奇怪な事件
  • 6 虚構の議定書(プロトコル)
  • 原註
  • 訳者解説

★ 感想

小説を読むのに作法は必要ない、好きに読めば良い、と思っていたのだが、確かに何も考えずに読んでいる訳ではないのだと、本書を読んで改めて実感した。本書にも出てくるが、物語の書き出しが「むかし、むかし、あるところに・・・」とあれば、次に出てくる狸や狐が人間の言葉を喋っていても不思議とは思わない。一方で、冒険小説の中でそんな動物が出てくるとしたら、狩猟の獲物としてなら納得がいくが、主人公に急に話しかけたら確かに違和感を感じるだろう。いや、これは実はSFだったのか?と頭を切り替えるだろう。
なるほど、知らないうちにモデル読者のレベルをステップアップさせようとしていたのだろうか。

そんな本書の“モデル読者”だが、大学の講義録ということで、実際に講義を受けに来た人々がモデル読者のプロトタイプとなったのだろう。一般の人々ということで、エーコも分かり易さを重要視している。そのため、例示がふんだんに示されている。時間の流れの順序「物語」と、それぞれのシーン「プロット」の構造が分かりにくい例として、「シルヴィー」(「火の娘たち」 (ちくま文庫) に所蔵)が紹介されていたり、上記の史実と虚構との関係では「三銃士」のある場面が取り上げられている。本書附録の索引には百冊以上の作品名が並んでいて、エーコの博識ぶりがここでも充分に活かされているようだ。読んだことのあるもの、ないもの(こちらの方が圧倒的だが)が並んでいるが、どれも読んでみたい(読み返したい)と思わせてくれる。こんな風な“心構え”で読めば、一度読んだ小説も、また新たな楽しみ方ができるだろう。そして、エーコが取り上げた作品なのだから、面白いに決まっている。読書好きにとってこれは貴重なリストだ。

エーコは本書(講義)の最後で、「人は、自分自身のルーツを求め、生きる意味を知りたいがために物語を読むのだ」と言った主旨のことを述べて結びとしている。なるほど、そうかも知れない。小説を読む楽しさを改めて考えさせてくれた一冊だった。

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