文字講話 甲骨文・金文篇

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★あらすじ

中国の殷王朝(自らは“商”と称していた)初期の土器には刻文が多く描かれているが、他の先史文化・土器文化と異なり、これらは単なる記号ではない。目は臣下の“臣”、足を描いたものは“止”という文字として使われたのだろう。
“戈(か)”の文字は武丁期の青銅器に多く描かれている(青銅器には、描くというより、立体的に鋳込まれている)。各地の重要な場所から多く発掘されているので、“ 戈 ”という名前を持つ部族がいて、古代日本の物部氏のような軍事的役割を果たしていたのだろうと覆われる。殷王朝にはこのような職能的な刻文・図象文字がたくさんある。
また、甲骨文の卜辞に書かれた王族たちの名前を追っていくと、殷王朝の系図が見えてくる。すると、殷王朝には二つのグループがあって、交互に王を輩出している。そして、グループ間で婚姻を重ねていることが分かる。王権がグループ間で交代する時、占いを役割としていた人々(二十五人くらいいたようだ)も一斉に交代している。これは、交代することを前提に準備していないと出来ないことだ。そんなことも文字の変遷を追っていくと見えてくる。

当時の最先端技術を使っただろう青銅器が、墳墓などではなく、辺境の山の麓に並んで埋められているものが多く発見された。それらには四面に大きな人の顔が鋳出されていたり、獣の顔が形作られている。また、虎や龍などの図象文字が書かれ、さらには辺境のその先に暮らしていた人々(苗族や羌族)を表す文字が書かれている。これら青銅器は呪術的な意味合いを持ち、他の部族からの侵入から辺境の地(国境)を守るために埋められたのだ。文字にはそのような力があると信じられていたのである。

周の時代に入る。“周”という字は方形の盾の形からきている。その盾に紋様を付け、出陣の時には祝詞を奉して祈った。周という国は盾をその国号とするように、武力を持って殷(商)を滅ぼし、国を興したのだ。
周は殷とは異なり、国造りの神話を持たない。唯一あるのは、周の先祖の逸話のみだ。その先祖の名は“棄”。生まれた子供を逆さまにしてカゴに入れ、川の中流まで押し流して捨てる、という字だ。水に流して、浮沈する様子を見て育てるか否かを決めるのだ。また、周は神を絶対と思わず、“天”を仰いだ。“天”の字は、元は人を表し、人の頭を天といったのだ。殷の皇帝が神の末裔と称したのに対し、周の王は徳を天から授かって人々を統治する、とした。“徳”の字は、眉に入れ墨をした形だ。王が地方を巡察する時、目の周りに入れ墨をし、その目力をもって見て回ったのだ。

文字の成り立ち・変遷を知ると、それを生み出した国の理念や思想・信条が読み取れるのだ。

★基本データ&目次

作者白川静
発行元平凡社  (平凡社ライブラリー) 
発行年2018
ISBN9784582768640
  • 第一話 甲骨文について
  • 第二話 金文について Ⅰ
  • 第三話 金文について Ⅱ
  • 第四話 金文について Ⅲ
  • 解説 殷から周へ、歴史の証跡 小南一郎
  • 索引
    • 漢字字音索引
    • 漢字総画索引
    • 事項索引

★ 感想

泉屋博古館分館 「金文 中国古代の文字」展 三千年前の漢字のルーツをこの目で見られます」と、別のブログで“青銅器に鋳られた古代中国の文字”に関する美術展の紹介をした。「金文(きんぶん)」に興味を持ち、この本を読んでみた。上記のブログ記事でも書いたが、「漢字のルーツは甲骨文字」だと学校で習った記憶があるが、この金文も同時代に文字を発展させていった“媒体”だった訳だ。

本書は、著者が2004年から2005年にかけて行った講演内容を、語り口調もそのままに載録したもの。「文学講話」を二十回こなした後、追加で行った四回の講演がベースになっている。翌2006年に96歳で亡くなっているそうなので、95歳で行った講演と言うことだ。すごいバイタリティに驚かされる。

長年の研究で培われた知識と洞察力で、著者は難解な象形文字を読み解いていく。例えば「公」という文字の場合、

上の方は八で背く、下の方はムで私だと、普通の辞書では説明されている。(一部、略)もとの字のどこにも私はない。どこにも背くがない。
この方形はお堂の建物です。建物の前の広場に人が左右にずらっと並んで儀式をする塀があるのです。その公式の例を行うところが公なのです。

という感じ。まるで見てきたかのようだ。
また、漢字の成り立ち・変遷からその時代の人々の思想・信条なども読み取ってしまう。神通力のある、仙人のような人じゃないかと思ってしまう。でも、もちろんそれは日々の研究の成果だろうから、結果だけ聞くと魔法のようだ。もちろん、きちんとした研究結果に拠る訳だが。特に、殷(商)は神聖国家で、天地創造からの神話を持ち、皇帝は神の子孫だという思想を持っていたという話は面白い。さらに著者は、古代日本(古墳時代・飛鳥時代辺り)も似た体制だったことを繰り返し指摘している。古代中国の歴史を通して、日本の歴史も知る(想像できる)とまで語っているのだ。その真偽は別にして、壮大な枠組み・思想体系を持って語っているところが、著者の“大きさ”を感じられて、それだけで感嘆してしまう。歴史を語るストーリーテラー、と言うことなのだろう。この講演、生で聴いてみたかった。

もちろん、肝心の甲骨文・金文の成り立ちも良くわかった。部族を表す紋章の様な記号から始まり、祭祀や儀礼を表す文字が出てきて、、、という流れは、豊富な図(古代文字)を並べてくれてあることで納得感もあった。これは確かに“目”だな、“手”だなという具合。見ても楽しめる一冊だった。

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コメント

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