斎藤氏四代

★あらすじ

これまで、斎藤道三については、

  • 「まむし」と呼ばれ、戦国の下剋上の体現者
  • 信長の正室 濃姫 の父
  • 若き信長の才能を見抜き、バックアップした人

などとして知られていた。しかし、斎藤道三が生きたころの美濃の情勢については、一般にはほとんど知られていない。本書は、斎藤道三の父である新左衛門尉、道三、義龍、龍興の四代に渡って語ることにより、当時の美濃を知ってもらうことが狙いだ。

四人のうち、名字に「斎藤」のみを用いていた者はいない。新左衛門尉は(松波・)西村・長井、道三は長井・斎藤、義龍は斎藤・一色、龍興は一色を名乗っている。そう、四代の後半は「美濃一色氏」だったのだ。
そんな彼らに関しては、歴史的資料が少ないがために研究が進んでいない。「まむし」などの呼び名も含め、彼らのイメージは江戸時代や近代以降に付されたものばかり。本書では、彼らの実際の姿を明らかにするとともに、そんな構成のイメージがどのように形成されていったかも併せて述べている。

以前は道三一代で油売りの浪人から美濃国主へと成り上がったと言われていたが、その前半は道三の父である新左衛門尉の業績であったことが明らかになっている。近江の六角義賢が息子良治に出した条書に、以下のように記されていたのが発見されたのだ。

義龍の祖父新左衛門尉は京都妙覚寺の坊主だったが、還俗して西村を名乗り、長井弥次郎の家臣となって美濃国内の錯乱に乗じて功を上げ、長井の名字を与えられた。

左近大夫(道三)は、長井総領を殺して乗っ取り、さらに斎藤の名字を獲得した。

当時の美濃は、守護の土岐氏が同族間で勢力争いを繰り返していた。そして、守護代であった斎藤氏(新左衛門尉・道三らとは血縁関係はない、“前”斎藤氏と言うべき存在)も船田合戦や永正年間の争いなどで内紛が絶えなかった。そんな「美濃国内の錯乱」を通して、新左衛門尉は長井家家来から長井一族の仲間入り(名字をもらった)をして、道三は長井家自体を乗っ取り、さらに守護代である斎藤氏の名字も獲得した訳だ。

これまで、義龍、そして特に龍興は“無能な領主”のイメージで語られてきた。だが、道三を討ち取った後の義龍は領国支配を強め、内乱後の混乱を起こすことなく美濃の経営を行っていた。これは、美濃六人衆と呼ばれる家臣団の形成と、合議制の確立によるものだ。その手腕は高いと言えよう。
また、龍興にしても若くして家督を継いで後、数年にわたって信長の侵攻を防いで美濃を守ったのだ。

★基本データ&目次

作者木下 聡
発行元ミネルヴァ書房  (ミネルヴァ日本評伝選 205) 
発行年2020
副題人天を守護し、仏想を伝えず
ISBN9784623088089
  • はしがき
  • 序章 前斎藤氏の隆盛と衰退
  • 第一章 長井新左衛門尉の台頭
  • 第二章 「斎藤」氏へ
  • 第三章 道三、美濃国主へ
  • 第四章 道三と義龍
  • 第五章 義龍の領国支配
  • 第六章 義龍の死と信長の侵略
  • 第七章 龍興の没落とその後
  • 第八章 語られる道三・義龍・龍興
  • 主要参考文献
  • あとがき
  • 斎藤氏四代年表
  • 事項索引
  • 人名索引

★ 感想

NHK 大河ドラマ『麒麟がくる』でも時代考証をしている、小和田哲男 静岡大学名誉教授の戦国・小和田チャンネル – YouTubeでこの本が紹介されていた(NHK大河ドラマ「麒麟がくる」関連オススメ本! – YouTube)。道三の下剋上の物語が実は父親と二代で為したものだった、という話は知っていたのだが、ではその父親はどんな人だったのかはほとんど知らなかった。大河ドラマを楽しむためにも読んでみようと、まんまと小和田哲男さんに乗せられてしまった訳だ。
だが、結果はOK。非常に詳しい記述でちょっと読み通すのに時間が掛かってしまったが(ドラマでは道三も義龍ももう死んでしまった)、とても興味深い話ばかりだった。

戦国時代の“常識”も色々と知ることができた。例えば、国守(XXの国の守、例えば美濃守、山城守など)の称号は自称することが多かったそうだ。元々は律令制の下に各国に配置された国司のことだったと思うのだけど、形骸化が進み、この時期には好きに名乗っていい雰囲気になっていたらしい。斎藤道三は土岐頼芸を追放して美濃の国主となったけど、“美濃守”ではなく、“山城守”と(自ら)なっている。味方や第三者は「山城守になったんでよろしく」と言えば納得してくれたかも知れないけど、敵方も「これからはあいつを“山城守”と呼ぼう」と同意してくれたのだろうか。その辺りが不思議。
これは名字にも言えるようで、家来としてがんばった褒美に主家の名字をもらったり、自ら「今日から私は(我が一族は)XX家となった」と宣言したらしい。斎藤義龍は、由緒ある一色の名字に改名し、息子の龍興は生涯、一色龍興と名乗ったそうだ。だが、対峙している織田方からはずっと“斎藤龍興”と呼ばれていたらしい。うむ、ややこしいですね。当時でも混乱しただろうけど、現代の研究者たちをさらに悩ましているのでしょう。そして、我々がこの本(など)を読む時にも苦労をすることになる訳。同じ人なのに名字が変わる、同じ名字なのに血縁関係はない(乗っ取られただけ)などなど、人間関係というか、系図が複雑になってしょうがない。

小説やドラマでは影の薄い義龍、愚将の龍興という役回りで描かれていた二人だけど、どうやらそうではなく、かなりがんばっていたことも良くわかった。
義龍は、父親を自ら殺してしまう内紛を起こした後に国人たちをまとめるのは容易なことではなかっただろう。それ故、六人衆による合議制だの、一色氏への改姓による権威付けだの、織田信広・織田信勝との連携による織田信長けん制だのと、次から次へとやっている。しかも、道三を討って後、数年で亡くなってしまうまでの短い期間でそれらをやり遂げている。実は、かなりやり手だったのだと言うことが良くわかる。
ただ、龍興に関してはまだモヤモヤが残った。竹中半兵衛に稲葉山城を簡単に乗っ取られてしまった例の話の“真相”については本書でも明確な解釈(推測? 推理?)は示されていないように思う。結果として、部下からの信頼・信用を失ったことには変わりないのだろう。うむ、実際はどういうことだったのだろうか。

小和田哲男さんの推薦書だけあって、読み終わった時の最初の感想が「大河ドラマがさらに面白く見られるだろう」だった。新たな研究成果がどんな風にドラマに組み込まれていくのか、そして、我々の一般常識が変わっていくのか、そんな点でも楽しめそう。詰まりは、読んだ後にもずっと楽しめる一冊ということだ。

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