経度への挑戦

以下の内容は、いわゆる「ネタバレ」を含んでいます。

★あらすじ

太陽が昇ってから沈むまでの時間と、太陽の高さとから緯度は簡単に割り出せる。だが、経度はそうはいかない。自分がいる場所の時刻と、経度が分かっている場所の時刻とが同時に分かっていないとダメだ。二点の時差が分かれば、距離に換算することができ、自分がいる場所の経度が分かる。現代ならば安物の腕時計が二個あればいい話だが、振り子時計しかない時代には難しい。船舶が航行中だと、揺れが激しかったり、気温の変化で潤滑油の粘度が変わってしまい、金属部品は膨張・収縮する。気圧の変化もあるだろう。そのため大航海時代には精密な海図や羅針盤があったにもかかわらず、船が居場所を見失い、ついには海難事故(陸に近づきすぎて座礁したり、陸にたどり着けずに食料・飲料水が尽きたり)が多発した。

十八世紀のイギリスでは、海運力を高めるには経度を正確に測定する技術が必須との認識が高まる。議会は「経度法」を制定し、「実用的かつ有効な」経度を確定する方法を見つけたものに国王の身代金と同額の賞金(現在の価値では数百万ドル)を与えることにしたのだ。
天文学者たちは、星や太陽、月の運行を正確に測定することによってのみ、経度を知ることができるとの信念で躍起になり、天文台を造って観測に精を出した。
だが、庶民でありながら優れた知性の持ち主だった時計職人のジョン・ハリソンが全く別のアプローチでこの難題に挑戦することになる。それは彼の人生をかけた(彼の息子も巻き込まれるのだが)挑戦であり、科学会のエリートたち(天文学者たち)との孤独な闘いが数十年にも渡って続いたのだ。

ハリソンはそれまでに見たこともないような独創的技術でもって精密な、そして精巧な時計を作り上げたのだ。その時計は摩擦がほとんどなく、注油や掃除の必要がない。振り子は使わず、種類の異なる金属を組み合わせて使い、気温変化でも狂いがほとんど生じなかったのだ。

ハリソンが作り出した時計は今、“クロノメーター”と呼ばれている。

★基本データ&目次

作者Dava Sobel
発行元角川書店(角川グループパブリッシング)
発行年2010
ISBN9784042982081
原著Longitude 1995
訳者藤井留美
  • 第1章 仮想の線
  • 第2章 時のない海
  • 第3章 時計仕掛けの宇宙
  • 第4章 びんのなかの時間
  • 第5章 共感の粉
  • 第6章 賞金
  • 第7章 歯車作りの日記
  • 第8章 バッタ、海に飛びだす
  • 第9章 天の時計
  • 第10章 ダイヤモンドの時計
  • 第11章 火と水の試練
  • 第12章 二枚の肖像画の話
  • 第13章 ジェームズ・クック二度目の航海
  • 第14章 大量生産へ
  • 第15章 子午線の中庭で
  • 謝辞
  • 参考文献
  • 訳者あとがき

★ 感想

とにかく面白い。読み物としても、孤高の挑戦者(ジョン・ハリソン)が権威(天文学者や科学会のエリートたち)と渡り合って、最期には勝利を収めるという、まるでヒーローもののような痛快さもある。その過程は紆余曲折としていて、ゆえにラストは感動的だ。このブログ記事の冒頭に思わず「ネタバレあり」と書いてしまったが、推理小説ではない、科学史の本なのだから、こんな注意書きは必要ないはず。でも、読み終わった後の感動を味わってもらいたくて、付け足してしまった。
章立てが細かく分かれていて、全体として非常に読み易い。続き物のドラマを観ているみたい。それでいて読み始めると止まらない。200ページほどの長さなのだが、ほぼ一気に読んでしまった。こんな“堅い”内容の話をここまで面白くできるサイエンス・ライターの技量にも感服。

ぶんじん
ぶんじん

この点は日本は未だ遅れていますかね。講談社ブルーバックスや岩波科学ライブラリーなどは面白いのだけれど、学者さん達の文章なのでまたちょっと違うかな(「生の声」という面白みはある)という気がします。サイエンス・ライターがどんどん出てきてくれるとうれしいな。

経度の測定(同定)が大航海時代以降、数世紀に渡って大きな問題になっていたことは知っていた。以前、読んだウンベルト・エーコの「前日島」(これも絶版状態 (涙))でも扱っていた話題だ。エーコの作品では、本書にも出てくる怪しげな、いや全くインチキの「共感の粉」を使って経度を知ろうとする話が出てくる。共感の粉が何者かはどちらかの作品を読んで欲しい。中世も終わって啓蒙の時代に入ったヨーロッパでも、そんな呪術的な方法に頼らねばならなかった経度測定。それがいかに難題だったかが分かる。

それにしても、こんな天才がいたなんて知らなかった。振り子時計しかなかった時代に、クオーツ振動子が発明されるずっと前に、たった一人でバイメタル(複数の金属を合わせ、温度変化による膨張・収縮を抑えた素材)や、ボールベアリング(回転軸を複数の小さなボールで支え、摩擦を抑えて回転を滑らかにする仕組み)を発明しちゃうのだから。電球を発明したエジソンと同じくらいには有名であっても不思議はないのに、そんなに知られていないのはなぜでしょうね。まあ、エジソンは発明した電球を量産化してみせたけど、ハリソンさんの時計(クロノメーター)の量産化は次世代の職人たちによって為されたという違いがあると言うことでしょうか。

とにかく、こんな天才を世に知らしめてくれた、その上に読み物としてもとても面白くしてくれた著者と本書に感謝。読んでいて興奮するくらいの面白さだった。絶版状態なのが惜しまれる。

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