公文書危機

★あらすじ

2020年年明けの国会では「桜を見る会」をめぐって安倍首相(当時)や官僚たちが

  • 「名簿は会の終了後、速やかに廃棄した」
  • 「名簿の電子データも廃棄した」
  • 「名簿は廃棄済みなので、答えられない」

と、記録がないから答えられないとの答弁を繰り返していた。だが、「森友学園問題」ではあとから資料が見つかった経緯があり、野党はこの“前科”の記憶が生々しいので、疑惑追及の手を緩めなかった。

そんな中、毎日新聞ではキャンペーン報道として「公文書クライシス」の掲載を始めた。
取材班は各省庁の課長・課長補佐級職員に取材をする。分かってきたのは、国会議員や官僚たちの間でやり取りされる公用電子メールのほとんどが公文書として取り扱われていない実態だ。職員たちは「メールは電話と同じようなもの」「何も考えずに捨てている」と答えている。さらには、一部省庁ではサーバーに保存されている職員の公用メールを自動的に破棄する仕組みの導入を進めていた。
この計画を報道したところ、国交省は自動廃棄計画実施を見送り、さらには自動廃棄自体が全ての省庁で禁止となる。

取材をすすめていくと、国会議員たちは公用メールも使わず(特定のパソコンでしか操作できない不便さ故)、携帯電話の私用メールやLINEでのやり取りが普通になっていることが分かってきた。もちろん、これら内容が公文書となることはない。公文書管理法にも、そのガイドラインにも、私用メールやLINEに関してのルールが載っていないのだ。公文書になるには、私用メールやチャットを公文書に書き直して保存する必要があるとのこと。公用メールさえ公文書にされないのだから、これらが公文書にされることはない。つまり、私用メールとLINEは公文書管理制度の「盲点」になっているのだ。

方や米国ではヒラリー・クリントン氏の「メール事件」によってクローズアップされ、オバマ大統領時代に「キャップストーン・アプローチ」と呼ばれる仕組みが導入された。政府機関職員の公用メールは自動的に保存されるようになったのだ。日本でも同様のことが起きる・必要と考え、2018年に毎日新聞上に警鐘を鳴らす記事を載せたが、それから二年経っても状況は変わっていない。

総務省が運営するe-Gov(イーガブ)では公文書ファイルの検索ができる。ファイル名を元に検索を行い、入手したいファイルを開示請求する仕組みだ。だが、イーガブに格納されているファイルの多くが、「中身が分からないようにボカした名前になっている」のだ。別ルートでいくつかの文書の補足説明リストを入手し、比べたところ

  • ファイル名「服務指導」⇒補足説明「セクシャルハラスメントに関する報告」
  • ファイル名「報告書」⇒補足説明「懲戒処分事案」

等となっていた。

★基本データ&目次

作者毎日新聞取材班
発行元毎日新聞出版
発行年2020
副題闇に葬られた記録
ISBN9784620326320
  • 序章 霞が関の常識
  • 第一章 不都合な記録
  • 第二章 ファイル名ぼかし
  • 第三章 記録を捨てた首相
  • 第四章 安倍総理の記録
  • 第五章 総理執務室の内側
  • 第六章 官尊民卑
  • 第七章 官房長官の“ウソ”
  • 第八章 官僚の本音
  • 第九章 謀略
  • 終章 焚書
  • あとがき

★ 感想

とにかく、読み進めていくとドンドン腹が立ってくる。政治家が恣意的に文書を隠そうというのは「きっとそうなんだろうな」と思っていたが、官僚側もこんなにいい加減だったとは。特に、電子メールが一切表に出てこない“仕組み”になっているとは、デジタル庁はまずここから何とかすべきだろう。
医療機器の製造を行っている民間企業では、法律で全ての情報を取っておかねばならないとされている。私も本業の方でシステム開発に関係したことがあるけど、設計に関わることは設計図は元より、電子メール、チャットなども全て録っておかねばならないのだ。企業にこんなルールを課しておいて、政府の側がこんな時代遅れの状態にあるとは。。。
しかも、いやいやなのか分からないが、公文書として電子ファイルをデータベースに登録しても、検索できないようにファイル名を省略形にしてしまうなど、隠蔽工作をしているとしか言いようがない。

のらりくらりとして答えない、論点をずらして他の話にすり替えてしまう、と、あの手この手で言い逃れする政治家や官僚を相手にして取材をしていくのは本当に大変そう。外堀をジワジワと埋めていくような手法、執念と根気に敬服する。
あと、そんな相手に対して怒り出すことなく冷静に質問・インタビューを続けているのは、それが仕事とは言え感心してしまう。上記の通り、読んでいるだけで私はイライラしてしまったのだから。

平安時代から以降、貴族たちは日記を付けることが仕事の一つだったそうだ。そうやって記録を残し、有職故実の知識を蓄えることが大きな政治力に繋がっていたからだ。結果、過去の歴史を現代の我々に伝えてくれる事にもなっている。現代の官僚にしたって、記録を残す努力をしなければ“仕事のやり方・ノウハウ”すらも伝えられず、省庁としてのパフォーマンス力(権力と言ってもいいかも)すら失ってしまうはず。政治家とのネゴシエーションの仕方だって、重要なノウハウでしょう。自分たちのためにも残すべきだと思うのだけど。
もちろん、国民に「権力の乱用や私物化をチェックするための情報提供」をすることが本来の目的なんだけど、ここまで酷いと一気に改革は厳しそうだし、中間ゴールを設けながらでいいから何とかすべきかなとも思えてしまう。

いやぁ、とにかく酷い。まずは我々“国民”も、その状況を知ることから始めないといけないだろう。その第一歩として、本書を読むことをおすすめする。

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