戦時下のアルザス・ロレーヌ

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★あらすじ

1871年のフランクフルト条約で「アルザス・ロレーヌ(の北部1/4)」としてフランスからプロイセンに割譲された時に一緒にされたが、アルザスとロレーヌは歴史や文化を異にする地方で、一体感がある訳ではない。ロレーヌはフランス語のみの話者が大半で、カトリック系だ。それに対してアルザスでは、ドイツ語に近いアルザス語も話されていて、プロテスタントも多い。

第一次大戦後、対独防衛のために築かれた要塞群“マジノ線”。そのすぐそばに位置するアルザス・ロレーヌの地では、いざナチスの侵攻が開始されると大規模な立ち退き・南西フランスへの移住が決行された。だが、受け入れ体制は不充分で、移住者たちは酷い生活を強いられることになる。彼らは自分たちの家に帰ることだけを望むようになる。
そしてナチスの侵攻が本格化すると、フランス軍のアルザス駐留部隊は総撤退を始め、ある程度の抵抗はしたものの、1940年6月にはヒトラーがストラスブールの大聖堂を見学するに至っている。この時期に結ばれた休戦協定では、アルザス・ロレーヌの扱いには言及がない。だが、実質的にドイツは両地域を併合していく。ドイツの地域として行政府が置かれ、その長が任命される。そして、南西フランスへ移住をしていた人々に対して帰郷を求めた。

移住者の多くが帰郷をした。その時点で「戦争はもう終わった」と思われていたとか、特に農民にとって自分たちの土地を捨てて新たな土地に移ったことに抵抗が強かったとか、その時点ではフランス語も禁止されず、カトリック教も保護されていたからだ。さらには、両大戦間の時代、パリのジャコバン派によるアルザス・ロレーヌの特殊性を認めないフランス化への反感もあった。

そう、この地方の人々は元々、親ドイツの感覚が強かったのだ。だが、この時のドイツはかつてのプロイセンではなく、ナチスによるドイツだったのだ。
ナチスはアルザス・ロレーヌにおいて志願兵を募り始める。人々は、それはあり得ないと反発し、対象となった若者たちは抵抗したり、逃避したりした。当時のフランスのヴィシー政府も抗議をする。だが、やがて強制的に徴兵されるようになり、多くの若者がドイツ兵として東方戦線(対ロシア戦線)へと送られていった。また、かのSS(ナチス武装親衛隊)に編入されたものもいて、オラドゥールの虐殺事件にも加担することとなってしまう。

★基本データ&目次

作者Pierre Rigoulot
発行元白水社(文庫クセジュ)
発行年1999
ISBN9784560058190
原著L’Alsace-Lorraine pendant la Guerre, 1939-1945 (Que sais-je?)
訳者右京頼三
  • はじめに
  • 第一章 国境地帯からの立ち退き
  • 第二章 戦争(一九三九年九月~一九四〇年六月)
  • 第三章 帝国への回帰
  • 第四章 ドイツ化とナチ化
  • 第五章 マルグレ=ヌ
  • 第六章 抵抗運動、脱走、対独協力
  • 第七章 解放
  • 第八章 フランス行政府の復帰
  • 終わりに
  • 付録(地図)
  • 訳者あとがき
  • 参考文献

★ 感想

何十年も前だが、アルザス(コルマール)に出張で一ヶ月ほど滞在したことがある。その経験もあり、アルザス地方には強い関心があった。以来、何冊かアルザスに関する書籍を読んでいる。

本書は主に第二次大戦下におけるアルザス・ロレーヌの「歴史」を語っているが一言でいうと「状況は複雑で、理解するのが難しい」というのが偽らざる感想だ。上記の通り、これまでにもアルザスの歴史は多少なりとも勉強してきたつもりだが、問題はさらにさらに深いものだった。なにせ、アルザスの複雑性に加えて、歴史を異にするロレーヌとの関係、ナチズムに対する“共犯”、旧ソ連の捕虜・強制収容所問題などなど、重層的に歴史が覆っていて、何から紐解けばいいのかも難しくしている。

巻末付録の地図のタイトルに「ヨーロッパの十字路 アルザス地方」とあるが、交通の要所でもあり、戦略的にも重要な位置にもあり、古代ローマ時代のガリアやゲルマニアと呼ばれていた頃から「取り合い」の標的になっていた場所だ。ドイツとフランスの間を行ったり来たりしている。現在はもちろん、フランスに属しているが、アルザス語はドイツ語の方言だ。今もアルザス語を話す人は大勢いるそうだ。その辺りの話は別の本に詳しい。

複雑な歴史を持つアルザス地方。とはいえ、決して他人事ではないとも思える。日本でも戦時中の国家権力への追従、他国民に対する行為(虐殺なのか、抑圧なのか、併合なのか)、そして戦後の“戦争責任”への対応や議論と、学ぶべき、いや少なくともリファレンスとして知るべきことは多いと思う。単純に、誰が加害者で、誰は被害者だったのかという話ではない。そういう問題に対してどのように臨めばいいのかを考えるヒントを与えてくれるのではないかと思えた。
その意味で、多少は予備知識が要求される内容ではあるけれど、得るところが多い一冊だった。

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