天皇陵

★あらすじ

現在、天皇陵とされている古墳は宮内庁によって「聖域」とされ、一般向けにはもちろん、学術調査目的でも立ち入りはできない。文化財保護法の対象として指定されれば、保存と活用(公開)が為されることになるが、少数の例外を除いて史跡指定はされていない。そのため、この国の歴史を紐解く重要な対象である巨大古墳が研究の対象外となってしまっている。なぜこのような状態に至ったのか、それを紐解いて、今後は如何にあるべきかを考えるのが本書の狙いである。

宮内庁が管理している(立ち入り禁止としている)のは、天皇陵だけではない。「陵」は天皇・太上天皇、太皇太后・皇太后・皇后、そして北朝の天皇が葬られている場所のこと。その他に、天皇の遺骨が分骨されたり、火葬されたりした場所・塚や、皇子・皇女や宮家などの皇族の墓なども対象になっている。さらには、埋葬者が特定されていない陵墓参考地も管理対象だ。

これらの場所に対して、

  1. 宮内庁は研究目的の立ち入りを一切認めない。「陵墓で案じる御霊の静謐を妨げないため」との理由。
  2. 陵墓に本当は誰が埋葬されているか、学術的には明らかになっていないものが多数ある。

という問題が生じている。
一般に、日本の古墳では、誰が埋葬されているかを印したもの(墓誌など)を残していない。被葬者が分からないように造られているのが日本の古墳だとも言える。このような状態で、宮内庁はどのようにして被葬者を特定・決定したのだろうか。残念ながらその具体的根拠を宮内庁は明らかにしていない。宮内庁といえど、国の一機関であり、国会で問われることがあっても、苦しい答弁を繰り返すのみだ。

そもそも、歴史上実在した人物ではない、神話上の存在である神武天皇の陵など本来は存在するはずがない。だが、神武天皇陵は宮内庁の管理の下に、奈良県橿原市大久保町に存在する。これは一体どのような根拠による物だろうか。そして、どのような経緯でこの場所が特定されたのだろうか。その歴史を紐解くことによって、他の天皇陵一般についても同じ問題が見えてくる。

★基本データ&目次

作者外池昇
発行元講談社(講談社学術文庫)
発行年2019
副題「聖域」の歴史学
ISBN9784065173930
  • 学術文庫版のまえがき
  • まえがき
  • はじめに―天皇陵と宮内庁
  • 第一章 創られた天皇陵
    1. 江戸時代の姿
    2. 文久の修陵
    3. 神武天皇陵はどこに
  • 第二章 天皇陵決定法
    1. 仁徳天皇陵の探しかた
    2. 決定陵と未定陵
    3. 聖徳太子墓の謎
    4. 明治天皇陵の謎
    5. 「皇室陵墓令」と大正天皇陵
    6. 長慶天皇陵を探せ
  • 第三章 天皇陵の改定・解除
    1. 天武・持統天皇陵の改定
    2. 豊城入彦命墓のゆくえ
  • 第四章 天皇による祭祀
    1. 祭祀の真相
    2. 式年祭とは
  • 第五章 もうひとつの天皇陵
    1. 昭和二十四年十月『陵墓参考地一覧』の発見
    2. 安徳天皇陵と陵墓参考地
    3. 陵墓参考地の断面
  • 第六章 聖域か文化財か
    1. 陵墓と文化財
    2. 天皇陵研究法
  • おわりに―「聖域」としての天皇陵
  • あとがき
  • 参考文献
  • 学術文庫版のための補足とあとがき
  • 歴代天皇陵一覧

★ 感想

天皇陵が、一般公開は元より、学術調査も自由にできない状態にあることは知っていた。以前、仕事で大阪の堺市に通っていたことがあり、暇な時間に古墳群を見て回ったことがあるが、まさに周りを「回る」だけしかできないことに違和感を覚えた。実際には誰の墓かもわからない(学術的に確定されていない)のに、柵で囲まれてしまっている。天皇を神格化する時代はとっくに終わっているはずなのに、なんの根拠があって「立入禁止」になっているか不思議でしょうがない。その仕組を知りたいと思ったのが、この本を読んでみた直接の動機だ。

結局の所、少なくとも法的には非常に曖昧な存在であり、きちんとした扱いが決まっていないものだというのが良くわかった。誰が埋葬されているかもわからない中、「仮決め」がされ、それに外れた”候補”(陵墓参考地)も中途半端に、だけどほぼ同格に扱っている(少なくとも、同じように立ち入り禁止にされている)。どうやら天皇家の”私有財産”ということのようだが、それも元は国民の税金だ。自分たちの歴史、国のルーツを知りたいと思うことは当然の権利であって、それは主権者である国民のものが最優先されるべきだと思う。

今日、一般的に知られている天皇制の“神話”は幕末・明治期に造られた、かなり新しいものだと言うことが、この天皇陵に関しても同じだと言うこともよくわかった。実在しない人物(神武天皇)の墓が“特定”され、整備されたのも文久年間(1860年代)だそうで、天皇中心の国家にまとめる明治期に繋がる流れがこのような形でできていった訳だ。

それにしても、本丸がアンタッチャブルになっているのに、著者は良くもここまで研究を進めたと感心する。国・宮内庁から情報を引き出すだけでも大変だったろう。「情報公開法のお蔭で良くなった。宮内庁の担当者に敬意を表する」旨、著者は語っているが、情報請求の手続きだけでも面倒で大変だろうに。よほど、その前の状態が酷かったということは想像に難くない。

非常に面白い内容だった。そして、今後の経緯も注視していきたいと思った。

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