聖人と竜

★あらすじ

日本ではほとんど知られていないが、聖ゲオルギウスはヨーロッパにおいて最も有名な聖人だ。その人気はヨーロッパに留まらず、ロシアやイスラム圏でも知られている。

聖ゲオルギウスのアトリビュート(伝説上・歴史上の人物または神話上の神と関連付けられた、象徴的な持ち物)は竜。馬にまたがり、槍で竜を退治している図像や彫像は欧州各地で見られる。ロシアの国章や大統領旗、モスクワの市章にもこの図像が用いられている。退治される竜が何を表しているかは、時代や国によって異なるが、いずれも「悪」や「敵」を打ち破ったことを示している。

今に伝わる聖ゲオルギウスの伝説は、ヤコブス・デ・ウォラギネによる聖人の物語を集めた書物「黄金伝説」によって確立する。
ある国では竜が暴れていて、その毒気で凶作となり、人びとが苦しんでいた。王様は生け贄として王女を竜に差し出す。そこへカッパドキアの軍団長だった聖ゲオルギウスが表れ、王女を救い、竜を倒した。という話だ。
しかし、竜退治の伝説にはさらに複数のルーツがある。ギリシア神話ではペルセウスとアンドロメダの話や、ヘラクレスとヘシオの話など、同様の伝説が多くある。また、他の地域でも似たような話があり、神話・伝説としてスタンダードなものであった。ヤコブス・デ・ウォラギネは聖ゲオルギウスの神格化を高めるため、援用したものと思われる。

では、そもそも聖ゲオルギウスが聖人に列聖されるに至った奇跡・殉教の物語はどういうものだったのだろうか。こちらもいくつかのパターンの話が伝わっているが、基本は以下の通り。
ある国の王はローマの神々を信仰していて、国内のキリスト教徒たちを迫害していた。そこに聖ゲオルギウスが表れ、キリスト教の信仰を捨てないと明言する。怒った王は彼を捕らえ、数々の拷問を加える。だが、聖ゲオルギウスは神のご加護によってどんな拷問でも死なない。そんな聖ゲオルギウスは最後には神に召されて天国へと登っていく、と言うものだ。

元々は竜退治とは全く関係なかった話が、いつしか竜退治の象徴となった聖ゲオルギウス。彼の勇姿は今も各地で見ることができるのだった。

★基本データ&目次

作者髙橋 輝和
発行元八坂書房
発行年2017
副題図説 聖ゲオルギウス伝説とその起源
ISBN9784896942415
  • まえがき
  • 第一章 「聖ゲオルギウス国」の誕生
  • 第二章 聖ゲオルギウスの竜退治
  • 第三章 キリストの戦士
  • 第四章 聖ゲオルギウスの受難と殉教
  • 第五章 殉教伝の歴史的実態
  • あとがき
  • 参考文献
  • 掲載図版一覧

★ 感想

日本では聖ニコラウス(サンタクロース)や聖バレンタインは有名だが、聖ゲオルギウスは結局定着しなかったサンジョルディの日(サン・ジョルディはスペイン カタルーニャ語による聖ゲオルギウスのこと)でくらいしか聞かない名前だ。でも、ヨーロッパでは最も有名な聖人で、イスラム世界でも知られた存在だ、と言うことにまず驚かされる。取りあえず“常識”として知っておかねばならない名前なのだろう。

そんな聖ゲオルギウスの物語を、時間を遡る形で探っていったのが本書。欧州では超有名人でも、日本では全く知られていない(伝説の)人物ですから、いきなりそのルーツの話(殉教伝)を語られてもよくわからないでしょう。今の状況を理解してから順に過去を遡っていくのはいい方法だと思います。「あのプーチン大統領も聖ゲオルギウスを引き合いに出して話をしているんだよ」という逸話はキャッチー。そんなに聖ゲオルギウスは有名なのかとよくわかりました。
さらに、ギリシア神話・ローマ神話などの話も馴染みのあるもの。星座の命名にまつわる話としても聞いたことがありますし。なるほど、聖ゲオルギウスの話はここから派生しているのかと納得。

ただ、ルーツである話の聖ゲオルギウスの殉教伝はちょっと食傷気味になったかな。とにかく拷問の話が延々と続くので、スプラッターものが好きな人でもちょっと引いちゃうかも。まあ、酷く虐げられてこその殉教ですからそういうものなのでしょう。
逆に、ここまでされても信仰心を捨てないその姿は“狂信”そのもので、カルト集団の恐ろしさを感じさせます。それが二十一世紀の今でも象徴として崇められているのですから、宗教とはなんと・・・。
ちょっと本書の主旨とは違うでしょうが、そんなことを思わせた一冊でした。

それはそれとして、キリスト教圏の文化を知る上では、聖ゲオルギウスの話は常識として知っておくべきもののようです。その入門書としておすすめです。

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