撃ち落とされたエイズの巨星

★あらすじ

2014年夏、ウクライナでの紛争の最中に誤って(?)撃墜されたマレーシア航空17便に乗り合わせたユップ・ランゲ博士とパートナーのジャクリン・ファン・トンヘレンは志半ばでこの世から去ってしまった。彼はメルボルンで開催される第二十回国際エイズ会議で講演を行う予定だったのだ。

二十六歳の時、ユップは初めてエイズと出会った。1981年のことだ。医学部を卒業したばかりの彼が目にしたのは、まるで死人のようにふらふら歩き、人類がまだ遭遇したことがなかった感染症を発症した同世代の若者たちだった。

そこから遡る1961年、ノルウェーの波止場から商船に乗り込んだ十五歳のアルネ・ヴィダー・レードは、それが船員として働く初めての日だった。そしてナイジェリア、ガーナなど、アフリカの地を巡っていく。故郷に戻って数年後、その旅で感染した病原菌による感染症を発症した。病を抱えつつも家族を設けた彼。だが、妻や娘も同様に原因不明の病に苦しみ、亡くなってしまった。彼らを看た医者は、未知のウィルスを疑ったが当時はそれを実証できずにいた。だが、血液サンプルはは冷凍保存され、後に「ヒト免疫不全ウイルス」が見出されたのだ。

その頃のユップは、作家になる夢を見る子供だった。のち、作家になるために“手に職を付ける”程度の気持ちで医学部に進学、医者としての第一歩を踏み出した。
そして、いきなりエイズのパンデミックに遭遇してしまった訳だ。当時、アメリカのゲイの間で流行していた謎の病気の記事を医学雑誌で目にし、読み漁る。時には獣医学で使われている薬も(人間に合わせた投与量を自ら算出し)使ってみたこともあった。それでも患者は次々に亡くなっていく。そして、彼は本気でこの感染症に取り組むことを決意したのだ。
当時の医学界では、感染症など過去のもので、これからそんなものを専門にしても仕方ないという風潮があった。だが、彼はこの病気はまず、その正体を見極めることから始めないといけないことを見抜いていた。そして、彼の研究室生活が始まる。彼は、ウィルスがどのように人の免疫系を乗っ取り(無力にし)、病気を起こさせるのかを知ろうと努めた。博士課程の一年目で十一本の論文を発表し、権威ある「ジャーナル・オブ・エイズ」誌にも掲載されるようになった。

そんな研究者まっしぐらのユップは短期で、思い通りに研究が進まないといらだちを隠せなかった。また、“政治的”振る舞いが出来ず、周りと衝突することも多かった。結局、ウィルス研究所から出て行かざるを得なくなる。でも、次に彼が就いた職は、そんな周りの人々を驚かせるものだった。彼はWHOの“医学官僚”となったのだ。WHOはエイズの初動対応をしくじり、それを挽回するのに躍起になっていた。ユップはそんなWHOのエイズ活動を推進すべくその一員となり、すぐさまアフリカの地へと飛んでいったのだった。。。

★基本データ&目次

作者Seema Yasmin
発行元羊土社
発行年2019
副題HIV/AIDS撲滅をめざしたユップ・ランゲ博士の闘い
ISBN 9784758112109
原著The Impatient Dr. Lange -One Man’s Fight to End the Global HIV Epidemic
訳者鴨志田恵
  • 序文
  • この本が生まれたいきさつ
  • 第一章 終焉
  • 第二章 ことのはじまり
  • 第三章 謎の感染症
  • 第四章 敵を知れ
  • 第五章 異色の官僚
  • 第六章 数々の試み
  • 第七章 エイズの否認
  • 第八章 闘志の活動家
  • 第九章 お金と信念
  • 第十章 治癒にむけて

★ 感想

厚生省の資料( AIDS(後天性免疫不全症候群)とは )によると、日本国内でのAIDS感染は落ち着いてきている模様。多剤併用療法(複数の薬を同時に用いることで、耐性菌を生み出すことなく治療を進めていく方法)が功を奏しているようです。

で、その多剤併用療法が良いんだ!と提唱・実証してAIDS治療の先鞭を付けたのが本書で描かれているユップ・ランゲ博士。日本では同性愛者の問題と絡んでの偏見や差別などが問題となりましたが、世界全体を見ると「貧困との戦い」が“主戦場”だったようですね。文字通り、死ぬまでAIDSと戦い続けた人という感じですが、どこからそのモチベーションが湧いて出てくるのか、そして色々な苦難に突き当たった時にもどうやって維持していたのか感心するばかり。

「あらすじ」では割愛しちゃったんですが、そんなユップさん、医者としては尊敬に値する凄い人だったけど、いわゆる“社会人”としてはだいぶ問題児だったようですね。研究方針で上司や病院経営者と意見が対立すると、相手を罵倒するような感じだったりと。医学に一途だったとはいえ、周りの人々は大変だったでしょうね。日本社会ではすぐにドロップアウトすることになるのでしょうが、それは他の国でも(さすがにここまで酷いと)同じようで。
そんな話が何度も出てくるので、ここから読者は「周りに流されず、我が道を進め!」と素直に受け取れば良いのか、「上手く立ち回らないと回り道するぞ」という教訓を読み取れば良いのか、だんだん分からなくなって来ちゃいます。それも含め、波瀾万丈の生涯を送った人なんだなぁと思います。

AIDSそのものや、その治療方法探究の歴史も知ることができ、ちょっと関心が薄れてしまったこの問題を再認識することも出来ました。地球温暖化による異常気象でこれからも未知の病気が出てくるのではと言われている昨今。読んでおくべき一冊でしょう。

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