ワクチン・レース

NetGalleyを利用して読みました。

★あらすじ

ヘイフリックは、大恐慌が始まった年にアメリカのフィラデルフィアで生まれた。一家は家を失ったりしたものの、貧困に喘ぐようなことはなく、十歳の誕生日には叔父から化学実験セットをもらい、彼の研究に書ける情熱はこの頃から始まった。

紆余曲折はあったものの、ペンシルベニア大学に入り、細菌学を学び始める。微生物の培養は根気のいる仕事だ。ヘイフリックはここで才能を発揮する。そして、細胞に感染して攻撃するバクテリオファージやマイコプラズマなどの研究を通し、組織培養にもその才能と、なによりも根気強さを発揮していった。
当時、ウイルスによる感染症は、(現在で言うところの)発展途上国はもちろん、欧米でも大きな脅威であった。ポリオ(小児麻痺)や麻疹、狂犬病などにより、特に多くの子供たちが命を落とし、重い後遺症を負っていた。ワクチンの開発は急務であった。
ワクチンの開発には、その元となるウイルスを培養し、その過程で弱毒化させたり、死滅させたりする必要がある。そう、組織培養はワクチン開発のためのベースとなる、必要不可欠な技術なのだ。

それまで、ワクチンのためのウイルス培養にはサルの腎臓を使って行われるのが普通であった。だが、サルにはそれまで知られていない未知のウイルスが存在していて、ワクチンに混在してしまい、悲劇的とも言える“副作用”を引き起こしてしまう事件が度々起きていた。より安全なワクチンの開発が望まれていた。

そんな中、ヘイフリックは、堕胎された胎児の臓器から取り出した細胞を培養することに成功する。この培養された細胞には、サルのものとは違って他のウイルスに冒されていないことが実験で示されていく。実験をしたのはもちろん、ヘイフリックだ。また逆に、多くのウイルスを感染させることもできるため、色々なウイルス様のワクチン培養の媒体として使えることも示された。ここに、危険なサル由来のワクチン製造用細胞に代わる、クリーンな培養細胞が作られたのだ。
だが、ヘイフリックの培養細胞がワクチン製造に使われるまでには想像を絶する困難が待ち受けていたのだ。ワクチン開発は製薬会社にとっては莫大な利益を生む商品であるため、開発競争は“政治的”な問題も大きかったのだ。そして、ワクチンを認可する政府機関も絡んでの人間模様がそこにあった。

★基本データ&目次

作者Meredith Wadman
発行元羊土社
発行年2020
副題ウイルス感染症と戦った科学者、政治家、そして犠牲者たち
ISBN
原著The Vaccine Race: Science, Politics, and the Human Costs of Defeating Disease
訳者佐藤由樹子
  • プロローグ
  • 第1部 細胞
    • 第1章 はじまり
    • 第2章 発見
    • 第3章 ウィスター再生
    • 第4章 染色体異常と中絶
    • 第5章 死にゆく細胞と定説
    • 第6章 スウェーデンからやってきた細胞
    • 第7章 ポリオワクチンの“お客様”
    • 第8章 人体実験
  • 第2部 風疹
    • 第9章 姿を見せた厄災
    • 第10章 小さな命を襲う災い
    • 第11章 狂犬病
    • 第12章 孤児と市井の人々
    • 第13章 馴染みの悪魔
    • 第14章 政治と圧力
    • 第15章 大脱走
    • 第16章 熊の穴
    • 第17章 細胞を巡る闘い
    • 第18章 DBSの敗北
    • 第19章 躍進
  • 第3部 WI-38をめぐる闘い
    • 第20章 奪われた命とスカイラブ
    • 第21章 細胞インク
    • 第22章 苦難の道
    • 第23章 ワクチン開発競争
    • 第24章 生物学インク
    • 第25章 ヘイフリック限界の解明
    • 第26章 ブート・キャンプの病原菌とバチカンへの嘆願
    • 第27章 細胞の晩年
  • エピローグ:その後

★ 感想

生命科学と医学の専門出版社 – 羊土社のレーベルであるPEAK books(ピークブックス)の一冊として刊行予定。一足早く読ませてもらいました。

COVID-19のパンデミックが収まらない今、そのタイミングで翻訳された本書は、待ち望まれるワクチンがこれまでどのように開発されてきたのか、その歴史の光と闇を明らかにしている。ワクチンによって救われた命は数知れないだろう。まさに輝く光だ。だが、その分、闇は本当に深かったようだ。しかも、闇はいくつもあった。いや、今もあるのだろうか。

一つ目の闇は「人体実験」。ワクチンの効能を確認したり、副作用の有無を確認するためには、どうしても人に適用して試してみないといけない。今でもそれは変わらないけど、少なくとも事前の説明が必須だし、同意も取らないといけない。ところが、昔は孤児院の子供たちや、精神を病んだ人々、囚人、軍隊の兵士たちが、同意どころか知らないうちに実験台にされていた“歴史”があったそうだ。
また、ヘイフリックの培養細胞のルーツもそうだが、堕胎された胎児が、母親の同意などなく普通に使われていたという事実もあったそうだ。

二つ目の闇は、政府機関や製薬会社、研究機関を巻き込んだ、科学的な正しさよりも金や権力がものを言っていたこと。人体由来のヘイフリックの培養細胞の方が、サルのものよりも“クリーン”なはずなのに、認可されることなく数十年もたってしまったという事実は恐ろしい。その間、どれだけの犠牲者が出たのだろうか。昔、“The X-Files”というドラマで、政府が宇宙人と人間とのハイブリッドを作るため、ワクチンを使って云々、と言う「政府の陰謀」の話が語られていた。現実の世界でも、別の“陰謀”があったとしか思えないことが行われていたわけだ。

今、世界中でコロナウイルスのワクチン開発競争が行われているが、その過程はどれだけクリーンなのだろうか。某国では治験を吹っ飛ばして認可が下りたなんてニュースも流れていたが、この本を読んで、余計に心配になってきた。我々が正しく判断するためにも、過去の歴史を知ることは重要だ。それは科学・医学の世界でも同じこと。特に、一般に理解が難しい分野でもあるので、余計に勉強しないといけないだろう。

それにしても、膨大な情報量が詰まった一冊だった。何人の人が登場したのだろうか。著者の取材力に驚くばかり。その分、話が分かりにくくなっている点も否めないが、歴史を学ぶという観点では必要な複雑さなのかも知れない。今、読むべき一冊だ。

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