★あらすじ
ケルトブームが、西欧文明批判を志向した欧州で起きているが、本書では歴史的文脈の中で再度、ケルトとは何かを問うことにある。
現在もフランスのブルターニュ地方では「異教的」な民族的事象が多く見られるが、キリスト教以前の習俗==ケルト文化とされている。しかし、このような習俗はケルト文化特有という訳ではなく、民間信仰としては他の国・地域でも見られる普遍性を持ったものだ。
巨石文化もケルト的なものと見なされることが多いがこれも再評価の必要がある。
アイルランドは、国のアイデンティティーとしてケルト文化を掲げている。しかし、古代ケルト人の活動範囲は大陸側が主で、アイルランドはその範囲に入っていない。一方で、フランスのブルターニュ地方が言語的にもブリテン島とともにケルト語圏に属し、中世、近代に至るまでケルト文化圏に含まれている。そのため、本書ではブルターニュ地方を中心に論じている。
フレーザーは「金枝篇(初版)」の中で、樹木信仰の事例としてケルトのドルイドに何度も言及している。しかし、ブルターニュ地方では樹木信仰の残存とみられる風習は稀だ。イズミを代表とする水信仰はキリスト教が助長した側面が強い。しかし、樹木信仰は違った。これは、キリスト教以前、そしてケルト以前の「未開状態」の人々に共通するものであり、逆にケルト人たちには余り広まってはいなかったのだ。このように、キリスト教の中に残る異教的部分の全てがケルト文化と関わりを持つ(ケルト文化に特有の物であった)訳でなく、その見極めが、ケルト文化とは何かを歴史的に検証する上で重要なのだ。
そんな古代ケルト人はいつ頃出現した(記録に残り始めた)のか。ギリシアの歴史家ヘロドトスは「歴史」において「ケルトイ(ケルタイ)」として、ハルシュタット文化と同定されるものを記している。ハルシュタット文化は、北アフリカにカルタゴが、そしてローマが建設された紀元前800年頃から始まった、と考古学的調査・発見によって明らかにされている。
BC三世紀・四世紀が古代ケルトの最盛期で、ローマのガリア征服に伴って、傭兵として活躍し、各地に遠征をして行きつつ新たな拠点へ進出していったのだ。そして、小アジアやイタリアなどに定住していった。
ドルイドは、古代ケルトにあっては知識層のことであり、インドのバラモン、ペルシャのマゴスのようなものだった。しかし、カエサルのガリア戦争などによってローマに従属するようになると、ドルイドも禁止され、衰退していった。その後、いわゆる呪術者的な“ドルイド”が現れるが、これはかつてのケルトにおける上流階級的ドルイドとは全くの別物で、どこにでも見られる自然崇拝に根ざしていた。このように、だんだんとローマ文化に取り込まれていき、古代ケルト人・ケルト文化は歴史から消えていくことになる。これは征服・破壊と言うより、ローマへの同化を通して、アイデンティティーを失ってしまった結果なのだ。
★基本データ&目次
作者 | 原聖 |
発行元 | 講談社(講談社学術文庫) |
発行年 | 2016 |
副題 | 興亡の世界史 |
ISBN | 9784062923897 |
- はじめに とりあえず、ケルトとは何か
- 第一章 「異教徒の地」の信仰
- 第二章 巨石文化のヨーロッパ
- 第三章 古代ケルト人
- 第四章 ローマのガリア征服
- 第五章 ブリタニア島とアルモリカ半島
- 第六章 ヒベルニアと北方の民
- 第七章 ノルマン王朝とアーサー王伝説
- 第八章 ケルト文化の地下水脈
- 第九章 ケルトの再生
- おわりに 結局、ケルトとは何か
- 学術文庫版のあとがき
- 参考文献
- 年表
- 主要人物一覧
- 索引
★ 感想
ケルトと聞くと、アーサー王伝説だとか、ハリーポッターだとか、そんなファンタジーの世界をどうしても連想してしまっていた。実際、本書によるとヨーロッパの“現地”でも、歴史的な実在の国・民族と言うよりも、J.R.R.トールキンのおとぎの国のような雰囲気で、「キリスト教とは違った世界」「キリスト教以前の、ヨーロッパ文化のルーツ」のような感じで認識されているのが一般的らしい。魔術師的な存在の“ドルイド”だの、ヒーリング音楽だの、ポップカルチャーっぽい扱いを受けている面もあるようだ。日本だと、未だにどこにあったのか分かっていない邪馬台国のようなものなのだろうか。ちょっと違うか。
以前、カエサルの「ガリア戦記」やタキトゥスの「ゲルマーニア」、「同時代史」を読んだことがあるが、部族(人種?)の名前が一杯出てきて、どこに誰がいたのか良くわからなかった記憶があります。私は単純に、ガリア人==ケルト人だと思い込んでいました。でも、話はそう簡単ではなかったんですね。人の出入りの激しいというか、「民族移動」によって入れ替わりが常であるヨーロッパで「ケルト人」「ケルト文化」を追いかけるのも大変だ。
民話や風習などを対象にした民俗学的なアプローチによって過去に遡ろうとしても、どの文化にも見られる普遍的・一般的なものと、その文化に特有なものとを区別するのって難しそう。物理学の実験で、(ホワイト)ノイズの中から本当の事象を探し出す、篩にかけて選び出すあの苦労と同じようなもの。いや、難しい。日本の文化だって、明治時代以降に作られたものが、さも昔からの、「日本固有」の文化だと思われちゃっていたり、ルーツを探れば中国や朝鮮由来だったりといった事もいっぱいあるし。
ただ、そのような“事情”はあるとは言え、本書は正直、話の流れが分かりにくかった。事例を豊富に挙げてくれているのだが、気を抜くとそれが「これこそケルトだ」なのか、「いや、これはケルトという訳ではない」なのか、どっちか分からなくなって混乱してしまった。ゆっくりと追って行けばいいのだが、サラサラと読み進めると、気が付くと迷子になっていた。まあ、学術文庫の一冊なのだから、気合いを入れて読まないとこうなってしまうのは致し方ないが、それでもちょっと難しかったかな。
とは言え、流行としての、サブカルチャー・カウンターカルチャー的なケルトではない、歴史上のケルトがどういう存在だったのか朧気ながら分かった気がした。そして、フランスの中でもやはりブルターニュ地方は特異な歴史を歩んでいたんだな、イギリスは複数の国の複合体なんだな、と言うのもよくわかった。今のヨーロッパの姿を理解するためにも知っておくべき歴史の知識なのだと実感。これはいつか、もう一度読み直すか。
コメント
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