粘菌 知性のはじまりとそのサイエンス

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★あらすじ

本書は映画「The Creeping Garden」と連携した書籍である。著者たちがその映画を監督し、そして本書の執筆も行った。本書では、映画製作の過程を紹介するとともに、粘菌の詳しい紹介も行っている。

粘菌は植物でも、動物でも、そして菌類でもない。1973年5月、テキサス州ダラス郊外の街で奇妙な物体が発見された。それはねっとりとした、白くて泡のようなもので、初めはクッキーくらいの大きさだったのに、二週間後には十六倍になっていた。その謎の物質は隣家でも見つかり、人びとは宇宙人の襲撃ではないかと騒ぎ立て、新聞などでも報じられるまでになった。それは脈動していて、穴を開けると赤紫の物質が漏れ出してきた。そう、それこそが粘菌だった。ススホコリの一種と考えられ、残念ながら(?)宇宙人の置き土産ではなかったのだ。

キノコと同様に粘菌は胞子を作って生殖する。だが、キノコと決定的に違うのは、粘菌は「動く」のだ。胞子から発芽した粘菌は菌糸とはことなり、鞭毛を持った細胞だったり、(鞭毛を持たない)アメーバーだったりする(種類によって異なる)。どちらにしても枯れた植物を“食べて”育つのだ。これらは「変形菌」と呼ばれている。しかもこれら粘菌はどんなに大きくても単細胞なのだ。
さらに、粘菌には別の種類(細胞性粘菌)もいて、こちらは粘菌アメーバーが集まってコロニーを作り、土中のバクテリアを食べて生きている。餌が枯渇すると子実体を生成するのだが、こちらは多細胞からなる。本書では細胞性粘菌には詳しく触れない。

粘菌は世界中に分布している。生育場所は森林の朽ち木だけとは限らない。だが、ライフサイクルを通して絶えず姿形を変えていくし、ほとんどの形態では顕微鏡なしに視認できないほどの小ささだ。そのため、すぐそばに生息していても気づかれることがほとんどない。
胞子は直系が5-15μmしかなく、風に乗って飛ばされ、新たな生息地に降り立つ。発芽をすると原形質体となる。種類によって鞭毛があったり、なかったり(アメーバー状)する。身体は細胞質と核(半数体)を持っているが、細胞壁はない(植物とは異なる)。原形質体はバクテリアなどを捕食していきつつ細胞分裂を繰り返し、コロニーを形成していく。やがて、原形質体は性の異なる同士が結合し、二倍体の接合体になる。接合体も餌を採り続けるが、もう細胞分裂はしない。その代わりに細胞内の核だけが分裂を繰り返す。そして、一つの細胞内に数千もの核を持った変形体となるのだ。こうなると肉眼でも見えるサイズとなり、上述のように「宇宙人か?」と間違われるほどの大きさにもなる。そして、変形体は脈動し、動き回って餌を採り続けるのだ。次の段階として変形体は、胞子を生成する子実体を形成していくのだ。

★基本データ&目次

作者Jasper Sharp, Tim Grabham
発行元誠文堂新光社
発行年2017
副題特徴から研究の歴史、動画撮影法、アート、人工知能への応用まで
ISBN9784416717202
原著The Creeping Garden: Irrational Encounters With Plasmodial Slime Moulds
訳者川上新一
  • はじめに ようこそ粘菌の世界へ
  • 粘菌の真の正体を明らかにするために
  • 共同監督ティムとの出会い
  • 粘菌との出会い
  • 宇宙人の侵攻
  • 粘菌を探し求めて
  • 粘菌研究の歴史
  • 粘菌のライフサイクル
  • 粘菌の生育
  • 粘菌の撮影法を考える
  • 粘菌と日本のつながり
  • 粘菌と知性
  • アートとサイエンス
  • 粘菌とコンピュータ
  • 知性とロボット
  • 粘菌に記憶能力はあるか
  • 粘菌の音楽
  • おわりに
  • 付録
    • 映画「The Creeping Garden」製作秘話
    • 粘菌研究の未来
    • 参考文献
    • 索引

★ 感想

こんなに身近な(どこにでもいる)存在なのに、殆ど知られていないのが粘菌でしょう。私もこの本を読んだというのに、未だにその捉えどころのなさに呆れるほどです。なにせ、植物なのか動物なのかもよくわからない。というより、その一生のうちで胞子を作る時期は植物(きのこ?)のようであり、別の時期にはアメーバーのように這い回って餌を捕食する。さらには、一つの細胞の中で核だけが分裂をして多核状態になっていて、“個体”というアイデンティティさえよくわからない。
そんなだから、「粘菌には知性がある」なんて話も載っていたが、我々人間とは“論理”構造が全く異なっていそうで、コミュニケーションは不可能なんじゃないかと思う。いや、もし彼ら(彼?)と意思疎通ができるのであれば、宇宙人とも話ができるかもしれない。それくらいの違いを感じてしまう。

写真も豊富で、キノコとの違いだったり、粘菌の研究史だったりと色々な側面からアプローチしているので、粘菌の入門書としては最後まで飽きずに読める良書ではないかと思います。
効率が良くて、さらに障害にも強い電力網の設計に粘菌が使われるなんて話は聞いたことがありましたが、「粘菌とコンピュータ」や「知性とロボット」の章ではさらに進んだ研究も紹介されていて、粘菌ってやっぱりただ者ではないと感心しちゃいました。粘菌でロボットを操縦するなんて。。。

それくらい不思議な生き物の粘菌を映画にして紹介しようというのだから、作者たちの努力には敬意を評したい。しかも、紹介されている撮影風景を見ると、森の中では家庭用ビデオカメラを使って撮影していたようだ。機動力優先ということなのだろうが、なかなか大変そう。そして、「粘菌は動く」とは言え、その動きはとてもゆっくりだ。なので撮影にはタイムラプス(数秒・数分に一コマずつ撮影していく撮影方法)が多用されたようだ。100~400倍速で再生するため、一時間撮影しても三十秒ほどのシーンにしかならない。これを多用して映画作品にするんだから、どれだけ長時間の撮影が必要だったのか苦労が偲ばれます。

粘菌そのものに関して、そして粘菌をめぐる研究の歴史だったり、科学ドキュメンタリー映画史だったり、色んなものが一編に学べるお得な(?)一冊でした。粘菌のようにテーマが章ごとに変わる不思議な一冊です。

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