ソクラテスの弁明

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★あらすじ

ギリシアのポリスの一つアテナイで石工を職業としていたソクラテスは、街頭で人びとと「徳」をめぐって対話を繰り返す日々を送っていた。だが、紀元前399年春に「不敬神」の罪で告発され、裁判の被告となってしまった。アテナイの裁判では、くじ引きで選ばれた市民が裁判員となり、投票で判決を下す。被告には裁判員たちに対して「弁明」を行うことができた。
結果、ソクラテスは有罪となり、死刑判決を受ける。通常は即刻、刑が執行されるのだが、ある事件のために一ヶ月ごとなる。とは言え、結局はソクラテスは毒杯を飲んで死んでしまう。
ソクラテスと親交のあったプラトンは、裁判でのソクラテスの弁明の様子を表した作品を残す。それがこの「ソクラテスの弁明」である。ソクラテスによる裁判員への対話を通し、ソクラテスは自らの哲学を語っていたのだ。ただし、そこで語られていることは史実ではなく、プラトンによる創作だろう。プラトンは、ソクラテスの弁明という形を取って、ソクラテスから受け継ぎ、発展させた哲学をしめしたかったのだ。

街角での対話では政治的中立や、そもそも身の安全を保てないと思ったプラトンは、学園アカデメイアを創立する。その中で哲学談義を思う存分に行ったのだ。そこでの議論をまとめたものが「対話篇」である。「ソクラテスの弁明」もその中の一編を構成している。「対話法」を用いた形式で哲学が語られている著作集は、彼の死後もアカデメイアのメンバーやその他の人びと、アレクサンドリア図書館などで保存・伝承(写本)され、現代にまで残されていったのだ。

★基本データ&目次

作者プラトン
発行元光文社(古典新訳文庫)
発行年2012
ISBN9784334752569
訳者納富信留
  • 訳者まえがき 「ソクラテスの弁明」を読む前に
  • ソクラテスの弁明
  • 解説
  • プラトン対話篇を読むために
  • 年譜
  • 訳者あとがき
  • 重要人物および事項一覧

★ 感想

ソクラテスの弁明そのものを “あらすじ” にまとめるだけの哲学的理解がなかったので、上記のような形にしてしまった。中身に関してはこの本を読んでいただきたい。

とは言え、有名な話でもあるので、細かいところは別にして大筋はよく知られているのではないだろうか。ソクラテスは「私は知者だ」と言っているものを捕まえては、「無知の知」を説いて(知ったかぶりを暴いて)いく。アテナイの人びとはそんな彼を危険人物として告発し、死刑としてしまったと言う話だ。

そこまでは知っていたのだが、実際にソクラテスがどのような “弁明” をしたのかはこの本を読んで初めてちゃんと知ったのでした。
さらには、訳者によると「無知の知」というのは誤りで、「知らないと思っている」という方が正しいと語っている。「(無知であることを)知っている」とは、それが正しいと証明できることを意味していて、根拠をきちんと把握していない場合は「思う」と表現しているとのこと。ソクラテスは謙虚にも、「無知なんじゃないかな、と思っているだけ自分はまし」だと言っているようだ。うむ、言葉の使い方が難しい。

哲学というと、物理学のような科学とは別のアプローチで「ものごとの本質を知る」ことというイメージが強い。が、ソクラテスやプラトンはまず、「いかに生きるべきか。徳とは何か。正義とは何か」つまりはポリスで生きるとはどういうことかを議論していたようだ。実践哲学、倫理学の要素が強いのかな。
それにしても、持論を説くため、その考えを貫くために死刑判決も甘んじて受ける(それによってアテナイの人びとを啓蒙したい)というソクラテスの態度はすごいものだ。そして、二千数百年前にもうこのような議論が為されていたことにも改めて驚いた。現代の我々も、これくらいの気概を持って議論を重ねたら、COVID-19にももう少しちゃんと立ち向かえたんじゃないかと思ってしまった。

学ぶことは多い。

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