遠野物語―付・遠野物語拾遺

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★あらすじ

本書は、著者が遠野の知人から聞き取りをしたものをまとめている。その作業は明治四十二年から始まる。著者自身も遠野を訪れ、その土地の様子を直に見てもいる。

菊池弥之助という老人は、若い頃に駄賃(行商)をして各地をある行き回った。あるとき、口笛を拭きながら大谷地(大谷地)辺りを歩いていると、谷底から「面白いぞ」と甲高い声がした。驚いてその場を逃げた。

昔、貧しい農家で父と娘が暮らしていた。娘は飼っている馬を溺愛し、ついには馬と夫婦になってしまった。父は怒って馬の首を切り落とした。嘆き悲しんだ娘は馬の首に乗って天に登っていってしまった。そしてオシラサマという神になった。

猿の経立(ふつたち)、犬(狼)の経立は恐ろしい。山の岩の上で唸る姿を学校帰りの子どもたちが目撃し、怯えた。馬を食い殺されたこともある。
猿の経立は女色を好み、女を連れ去ることがある。その毛皮は鉄砲の弾でも貫通することがない。

川には河童が住んでいる。松崎村のある家では二代続けてかっぱの子を孕んだ者がいる。生まれた子は切り刻んで一升枡に入れ、土に埋めた。その家は豪家で、士族でもあり、村会議員をしたこともあった。

子どもたちが早池峰に遊びに行った帰り道で大男が山を登ってくるのに出くわした。子どもの一人がどこへ行くのかと男に尋ねると、小国に行くと答えた。しかし、方向が違っていたので子どもたちは「あれは山男だ」と言って、慌てて逃げ帰った。

★基本データ&目次

作者柳田国男
発行元角川学芸出版(角川ソフィア文庫)
発行年2004
ISBN9784043083206
  • 遠野物語
  • 遠野物語拾遺
  • 初版解説 折口信夫
  • 解説 大藤時彦
  • 解説 動機の継承 鶴見太郎
  • 年譜
  • 索引

★ 感想

民俗学の祖と言われる柳田國男の代表作だ。「遠野物語」では120、続編にあたる「遠野物語拾遺」には300程度の物語が収録されている。ある程度はカテゴライズされて並べられいるものの、本書の中では厳密な分類をしたり、個々の話を分析しているわけではない。ただ、淡々と収集された話が並んでいる。これだけだと、昔話集か奇譚集のように思えてしまうし、実際に読んだ感想も「不思議な話が伝わっていたんだなぁ」と思う程度だった。まあ、本書は”資料集”という位置づけなのだろう。分析その他は他の場所で行われているようだ。

ということで、読む側の我々もそう身構えることなく素直に民話を楽しめばいいんじゃないかと思う。お馴染みの河童や座敷童の話も出てくるし、狼が住む恐ろしい森も描かれている。狐に騙された話なども滑稽で楽しい。
山男や山女の話は、現代の我々から見れば、単にコミュニティからドロップ・アウトして孤立して暮らしている人たちに過ぎないように思える。そんな勝手な解釈も含め、好きに楽しめばいいだろう。

歴史を理解するには、当時の、当地の人々が何を考え、信じていたかを理解することが必要だ。その人達の”常識”が分からないと、なぜそんな行動を取ったのか、何をしたかったのか理解できない。民話も同じなのだろう。山や森は恐ろしい場所で、神の世界であり、地上の自分たちの世界とは異なった力が働いているということを信じている、という立場で世界を解釈しているわけだ。山男は、元は自分たちと同じ生活を送っていたかもしれないが、山に入って暮らすことで別の存在になった、という理解なのかもしれない。

民俗性や民俗文化を庶民の生活感情を通して研究する学問が「民俗学」だそうだ。なるほど、その意味では民話を通してその人々の心情を、”常識”を理解することそのもののだ。まずは、遠野の不可思議な物語に浸って、その感覚を追体験することが必要なのだろう。そうなると、確かに本書は民俗学の祖と言える一冊だ。

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