★あらすじ
本書では、日本(倭国)、朝鮮半島、中国を中心に紀元前後の「東アジア」における古墳の状況を概観している。この時代、王や権力者という中心的存在は確立していたものの、その勢力圏としての”国境”は今のようにきっちり定まったものではなく、境界は曖昧で流動的なものだった。また、一般的に文化や知識は中国から朝鮮半島を経由して日本に伝わった、という一方通行の流れを思い浮かべがちだが、実際は反対方向の流れもある。曖昧な境界が重なり合っていることで、物事は徐々に伝わっていったのだ。それは各地で「渦巻き」のような流れとなり、それらが合わさって大きな渦巻きになっているという構造を呈していた。そのため、「交流」の進展は単純な「同化」ではなく、むしろ各地域の特質のちがいを増大させる方向に作用した。
王や権力者の墓である古墳も、その権威の象徴であることは共通しているが、
- 墳墓を設けるか否か
- 埋葬してから墳丘を造るか、事前に墳丘を完成させておくか
- 祈りの場である「陵園」を設けるか否か
- 副葬品として何を使うか(埋葬するか)
などなど、それぞれの地域、時代によって異なっている。この違いからそれぞれの社会体制が読み取れると考えられる。
前方後円墳は倭国に特徴的な古墳だ。朝鮮半島の一部でも見られるが、それは倭国からの影響と考えられる。前方後円墳の出現は三世紀中ごろだ。中国では強大な勢力を誇った漢帝国が滅亡した時期でした。そして分裂と新たな勢力が勃興した時期でもある。それまで漢に対して冊封体制の下に位置づけられていた倭国が、独自に発展していった。その現れが前方後円墳だったと考えられる。
★基本データ&目次
| 作者 | 森下章司 |
| 発行元 | 筑摩書房(ちくま新書) |
| 発行年 | 2016 |
| 副題 | 東アジアのなかの日本 |
| ISBN | 9784480069108 |
- はじめに
- 第1章 前方後円墳とは何か
- 前方後円墳の出現をめぐって
- 飛躍と東アジア
- 中国王朝の変動
- 東夷の社会変化
- 渦巻の展開
- 第2章 ものとひとの往来
- 漢文化の波動
- 多様な交易
- ひとの動き
- 倭の中の動き
- 交流の変容
- 第3章 古墳の発達と王権
- 中国の王墓
- 朝鮮半島の王墓と倭
- 王墓発展の相互作用
- 第4章 つながりとちがいと
- 権威の象徴
- 墳墓と思想
- 倭の墳墓
- けがれときよめ
- カミとひと
- おわりに
- 主要参考・引用文献
- 挿図出典
★ 感想
サブタイトルにある通り、中国、朝鮮半島、そして日本に跨がった古墳の話。
それにしても古代(紀元前後)には海を越えての交流がこんなにも盛んだったということに今さらながら驚いてしまう。いや、単なる人の行き来というレベルの交流ではなく、政治や文化が盛んに影響し合っている。K-POPが日本で流行ったり、日本のアニメがアジアでも大人気な現代よりも、より深いところでダイナミックな交流があったようだ。
言葉も習慣も”政治体制”も、何もかもが国(もしくはある塊としての勢力、パワー)ごとに異なっていただろうに、二千年前の人々は物の交換だけではなく、「埋葬」というとても抽象的で観念的な領域にまで踏み込んで互いに影響し合っていた。それがどのように行われていたのか”現場”に立ち会ってみたいものだ。
残念ながらその現場を直接見ることは叶わないが、著者のような考古学者による調査から我々はその”雰囲気”を感じ取ることができる。とてもおもしろい。著者によると、墳丘という共通のモニュメントを日本(倭)と朝鮮半島で持ちつつ、銅鏡を副葬品として用いるか否かは異なっているそうだ。倭の人びとはかなり銅鏡に魅せられていたようだが、儒教などがまだ伝わっていない(受容できていない)段階だったのだろうか、アニミズム的な畏怖の念を鏡という存在に抱いたのか。当時の人々の精神世界が垣間見られる。
弥生時代から古墳時代というと、どうしても「卑弥呼の時代からどのようにして大和王朝に移っていったのか(もしくは、変わっていったのか)?」が素人の歴史好きとしては最も気になる点だ。本書でもちょこちょこその話題には触れているのだが、残念ながら著者は自説を披露することはない。もちろん、学術的にはそれだけが研究テーマとして意味あるものではないのは承知しているが、一般向けの書籍としてはもう一歩、踏み込んでくれるとさらにおもしろく読めたかも。
ただ、そんな”永遠の謎”を考えるための基礎知識として東アジアの古墳にまつわる事柄を概観するにはとてもいい一冊だった。


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