生命の歴史は繰り返すのか?

NetGalleyで刊行前の版をいただき、読んでみました。

★あらすじ

ピクサーの映画「アーロと少年」は、巨大隕石の衝突を免れ、恐竜がそのまま生き残った架空の世界を描いたもの。著者は、その作品に人間が登場することに違和感を感じる。恐竜が生き残ってそのまま進化していったら、人間はおろか哺乳類はここまで繁栄することも進化することもなかったのではないか?
だが、古生物学者のサイモン・コンウェイ=モリスは、地球の寒冷化に伴って恐竜たちは赤道付近に追いやられるので、空いた大地で哺乳類は進化を進め、いずれ人間もその先に現れると主張する。進化の辿る道は決定論的で、予言可能だというのが彼の考えなのだ。彼が根拠としているのは「収斂進化(しゅうれんしんか)」だ。全く別の場所(例えば北アメリカとアフリカ)で全く別の種が“瓜二つ”の姿に進化する現象のことだ。どちらの大陸にもヤマアラシがいる。針を体中にまとったその姿は両者を“近縁の種”だと思わせる。だが、全く別々の齧歯類が独自に進化した結果なのだ。サメとイルカと魚竜(太古の絶滅種)はどれも流線型の姿をし、海の中を素早く泳ぐのに適した身体をしている。身体の部分だけを取っても、蛸の眼球は人間のそれと構造的に瓜二つなのだ。このように、環境に適応するために生物は進化をした結果、どれも“同じゴール”に辿り着く(ように見える)。

果たして本当にそうだろうか。だが、この問いに答えを明確に出すのは難しいと思われた。ダーウィン以来、進化は数万年の時を経て進むもので、人が直接それを観ることはできないと百年の長きに渡って信じられていた。だが、それは間違っていた。例えば、カリブ海に点在する島々ではトカゲのアノールがそれぞれに進化の道を進んでいた。彼らは島の中で木に登るものや地面を走り回るものと分化しそれぞれの種を形成している。そして、どの島でもその分化のパターンが同じなのだ。木登りトカゲの見た目は別の島々のそれらとよく似ている。だが、それは収斂進化の結果であって、島ごとに別々に進化を進めたのに、どこでも同じ結果になっているのだ。これを観察することで進化の進み方は“反復する”、つまりは予言可能だと分かったのだ。さらに、トカゲのいない島に彼らを放してその後の経緯を観察し、やはり同じパターンに分化することを観察できた。そう、進化は実験によって確かめることができるものだったのだ。

その後、進化のプロセスを確かめる実験が数々行われるようになった。対象は植物だったり、魚類だったり、そして細菌だったり。特に細菌を用いたものは一世代が時間単位で交代していくので実験に適していた。それら実験でも収斂進化は普通に観られるものだった。だが、そうならない場合もあることが分かってきた。

果たして進化は必然なのか、偶然なのだろうか。

★基本データ&目次

作者 Jonathan B. Losos
発行元 化学同人
発行年 2019
ISBN 9784759820072
訳者 的場 知之
  • まえがき
  • 序章 グッド・ダイナソー
  • 第一部 自然界のドッペルゲンガー
    • 第1章 進化のデジャヴ
    • 第2章 繰り返される適応放散
    • 第3章 進化の特異点
  • 第二部 野生下での実験
    • 第4章 進化は意外と速く起こる
    • 第5章 色とりどりのトリニダード
    • 第6章 島に取り残されたトカゲ
    • 第7章 堆肥から先端科学へ
    • 第8章 プールと砂場で進化を追う
  • 第三部 顕微鏡下の進化
    • 第9章 生命テープをリプレイする
    • 第10章 フラスコの中のブレイクスルー
    • 第11章 ちょっとした変更と酔っぱらったショウジョウバエ
    • 第12章 ヒトという環境、ヒトがつくる環境
  • 終章 運命と偶然:ヒトの誕生は不可避だったのか?

★ 感想

学生の時、リチャード・ドーキンスの「利己的遺伝子」を読み、衝撃を受けた。グールドの「ワンダフル・ライフ」を読んだ時も、生物の進化とはかくも不可思議で興味深いのかと、一層、生物学が面白いと思うようになった。また、同時にどちらの本を読んだ時も「自分は何者なのか?」「人間とはいかなる存在なのか?」の問いを改めて考えるきっかけとなった。そして、本書でその三回目の衝撃を受けた感じだ。

本書のサブタイトルは「進化の偶然と必然のナゾに実験で挑む」と言うもの。進化を調べるための実験の歴史を丁寧に例を挙げて説明してくれている。そう、実験方法も進化、いや進歩して行っているのだ。収斂進化というものがあることは知っていて、それほど珍しいものでもないとは認識していた。だが、実験によってここまで“再現可能”だったとは驚き。進化はある一定の道を辿ることが定まったものなのかと思わせるに充分だ。例として紹介されていたアノール(トカゲ)の分化や、ビーカーに入れられたシュードモナスが三種に分化するという進化現象は何十回やっても結果が同じだったそうだ。
それだからなのだろうか、「ワンダフル・ライフ」の中では“進化は偶然の産物。二度と同じことは起こらない”という考えを持っていると紹介されていたサイモン・コンウェイ=モリスは“転向”、いや“改宗”してガチガチの決定論者になってしまったようだ。それだけ収斂進化という現象は大きな意味を持つのだろう。

ところが、自然はそんなに簡単ではなかったようだ。DNA解析の手法が進んで行くと、文字通りの意味で“見た目”だけでは分からない違いが見えてきたのだ。本書も終盤になってきてそれが紹介される。推理小説で、最後のどんでん返しのシーンを読んでいるようだ。
木村資生による「分子進化の中立説」で紹介されたが、進化の元となっている遺伝子の変異は全てが表現型に直接現れる訳ではない。ニュートラルな変化もあるし、異なった遺伝子の変化が表現型としては同じ(似た)ものになることもあるのだ。

果たして進化は必然なのか、偶然なのだろうか。改めて考えさせてくれた良書だ。これは必読の一冊だ。

・ 紙版





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