戦国の陣形

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★あらすじ

合戦の陣立て(陣形)というと一般に、「魚鱗(ぎょりん)」、「鶴翼(かくよく)」、「雁行(がんこう)」、「車懸(くるまがかり)」などが有名。これらは「甲陽軍鑑」の中で、武田信玄が工夫したとされる八陣として紹介されているものだ。荻生徂徠の書物にも六つが同様に紹介されている。中でも「鶴翼」の陣は有名だろう。V字型に兵を配置する絵とともに紹介されていることが多い。このまま相手を包むように取り囲むのだと言われている陣形だ。
だが、「甲陽軍鑑」には「鶴翼」の説明として、「ハ」の字型だと記されている。なぜ、その後の書物ではV字型だと思われてしまったのだろうか。著者の調べた範囲では、明治・大正・昭和初期の文献で陣立てを図示したものはない。日本の歴史学者は軍事史への関心が低く、基本的な理解もされていないのだ。

七世紀後半の律令制の時代、日本では「諸国習陣法」の詔が出された。天皇制が確立し、中央集権の専制政治によってトップダウン式の軍団制構築が図られた。これは唐・新羅に対抗する軍事力を付けるための政策だった。さらにこの時代にはもう、専門の戦闘員が存在した。言わば軍人であり、いわゆる”兵農分離”が既に為されていたのだ。しかも、弩(ど:ロングボーのような武器)による”三段撃ち”まで行われていた。だが、大陸との関係が変化し、また中央集権制が崩れるに従って軍団制も廃れ、忘れ去られてしまった。

中世に入り、武士の世の中になる。彼らは地域ごとの領主であったため、集団を組むと言うより、個別に家来を従えて自分の土地や家を守るために戦った。鎌倉幕府といえどもこのような”私兵”の集まりだったため、集団統制が必要な陣形が用いられることはなかったのだ。
時代が下って「太平記」に「魚鱗」などの名前が出てくる。だが、これもきちんとした陣形をとった訳ではなく、単に「びっしりと集まって戦え」程度のものだった。さらにこの時代、「鶴翼」の名前も見られるがこちらは「散らばって戦う」様子を指したものだった。
中世前期を通して、陣形の持つ本来の考え方は完全に忘れられ、言葉だけが残った形になったのだ。

陣形が再登場するのは武田・上杉の合戦を待たねばならなかった。だがそれも、今に知られると八陣とは異なっていた。

★基本データ&目次

作者乃至政彦
発行元講談社(講談社現代新書)
発行年2016
ISBN9784062883511
  • はじめに
  • 序 章 鶴翼の陣に対する疑問から
  • 第一章 武士以前の陣形
  • 第二章 武士の勃興と陣形の黎明
  • 第三章 中世の合戦と定型なき陣形
  • 第四章 武田氏と上杉氏にあらわれた陣形
  • 第五章 川中島・三方ヶ原・関ヶ原合戦の虚実
  • 第六章 大坂の陣と伊達政宗の布陣
  • 終 章 繰り返される推演としての陣形
  • おわりに
  • 主な参考文献

★ 感想

かなりショッキングな内容です。自分が(漠然と)信じていたものが、ガラガラと崩れ去る感じ。NHK大河ドラマ「風林火山」などで描かれたあの合戦シーンが全く根拠のない話だったとは。。。
車懸りの陣で襲いかかる上杉勢に対し、山本勘助は鶴翼の陣を用いて迎え撃つも破れてしまった、という、合戦絵巻としてはとても華々しく、ドラマチックに描かれている。もちろん、現代のドラマなのだから、史実に完全に忠実という訳ではないだろうと思っていたが、「車懸りの陣」や「鶴翼の陣」までもがそうだとは思いもよらず。

確かに、著者の述べる通り、戦後の日本では「軍事研究」はタブー視されていて、本格的な研究が滞っていただろう。さらには近年のゲームの影響で、陣形はプロトタイプとしてイメージが固められてしまっている。私もその一人だ。
ただ、言われてみればの話になってしまうが、これまでの陣形の図って鉄砲隊やら騎馬隊やらの分類(詳細)があまり描かれておらず、鉄砲の三段撃ちやら長槍隊だのの関係がどうなっているのかと多少いぶかってはいた。あと、車懸りの陣など、余計にくるくる回っていたら、そのすきに後ろから攻められそうな気もしていた。でも、植え付けられたイメージから脱却できずに、なんとなく納得してしまっていた。いやはや、先入観とは恐ろしい。
そんな先入観を捨て、乏しい資料から推論を組み立てていった著者の努力に感心する。言われてみれば当たり前に思えること(戦国時代の武士たちは個々人の手柄を優先したから、全体としてのまとまりに欠けていた、、など)も、なかなか気が付かないもの。歴史の理解をさらに深めるためにも、この分野での研究も必要なんだなと思えた。

それにしても、律令制の時代(古代)には(戦国時代と比較して)きちんとした軍制があり、集団戦で外国(中国や朝鮮)と戦っていたのに、内乱のような状態になった戦国時代ではその歴史・知識がすっかり失われてしまったという話は興味深い。古代ではそれだけ緊張した”国際関係”の中に国が置かれていたんだと、グローバルさに改めて驚く。本文の内容とはずれてしまうけど、古代の社会のダイナミックさを逆に再認識させられた気がする。

今年(2020年)の大河ドラマは戦国時代が舞台。本書を読んで、ドラマでは合戦がどんな風に描かれるのかますます興味深くなってきた。

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