じんかん

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以下の内容は、いわゆる「ネタバレ」を含んでいます。

★あらすじ

多聞丸、日夏、九兵衛、九兵衛の弟の甚助たちは、応仁の乱から数十年の後の世に生まれ、戦乱の中で親をなくし、今は子どもながらに夜盗をして暮らしていた。人を殺めること数しれず。だが、運悪く襲った中に足軽大将と思しき男がいて返り討ちに会い、リーダーの多聞丸らは命を落とす。生き残った日夏、九兵衛、甚助は命からがら逃げ、ある寺に拾われる。

寺の和尚は彼らを助けてくれるだけではなく、読み書きまで教えてくれた。元来、才のある九兵衛はたちまち上達し、難しい書物も読み、教養を身に着けていった。弟の甚助は狩人たちと共に狩りをするようになり、これまた弓矢などの技術を習得していったのだ。
やがて九兵衛は世の中のことを学ぶに従い、なぜ罪もない者たちが殺され、子どもたちが路頭に迷わなければならないのかと疑問を抱くようになる。そして、それもこれも無慈悲な武士たちの存在が悪の根源だと思うようになる。そんな九兵衛に和尚はある人物に会って話をしてみろと持ちかける。
実はこの寺の和尚は、三好長慶から援助を受け、京都の情勢を探るための間者たちを総ている人物だった。そんな和尚は、九兵衛の才を買い、三好長慶に引き合わせようとしたのだ。かくして九兵衛と甚助は三好長慶に席巻すべく、彼が現れるだろう堺の町へと旅立っていった。

織田信長のもとに小姓が駆け込んでくる。松永久秀が謀反を起こしたとの知らせが入ったからだ。だが、信長は慌てることもなく、小姓に酒の相手を務めさせる。そして松永久秀自身から聞いたという、彼の半生について小姓相手に話し始めたのだ。謀反を起こした反逆者だというのに、信長は松永久秀のことをとても親しげに、そして楽しそうに語る。小姓は初め、恐縮をして拝聴していたが、段々と話に引き込まれ、松永久秀という男に惹かれるようになっていったのだった。

三好長慶には壮大な夢があった。戦乱の世を終わらせるだけではなく、武士という存在をこの世からなくし、民が自ら政(まつりごと)を行う世にしたいというのだ。九兵衛はあまりのことに驚くが、やがてその意味を理解し、共感する。そして自分もその夢の実現に尽くしたいと思い始めるのだった。
かくして九兵衛は三好長慶の右筆となり、歴史の中にその名前を記すようになる。松永久秀はこうして世の中(そう、「じんかん」)に知られるようになっていった。

★基本データ&目次

作者今村翔吾
発行元講談社
発行年2020
ISBN9784065192702
  • 第一章 松籟の孤児
  • 第二章 交錯する町
  • 第三章 流浪の聲
  • 第四章 修羅の城塞
  • 第五章 夢追い人
  • 第六章 血の碑
  • 第七章 人間へ告ぐ

★ 感想

主家を乗っ取り、将軍を殺害し、東大寺大仏殿を焼き払った「三悪事」を為した、というのがよく知られた松永久秀の”評判”。敗者はいつも悪者にされ、歴史から消される運命にある。彼もまた、出自も”業績”もほとんど謎なのだそうだ。信長に対して謀反を起こし、信長が欲しがった茶釜「ひらぐも」と共に城を爆破して果てた、などという話も作られたほど。
そんな松永久秀を主人公にし、壮大な夢を追い求めた孤高の人物として描いたのが本作。もちろん、フィクションであり、著者の創作なのだが、「そうだったのかもしれない」と思わせてくれるほど詳細に彼の人生を描いている。

タイトルの「じんかん」とは、漢字で書くと「人間」となる。でも、ヒューマンではなくて、”世の中”という意味。「世間」というよりも、世の中は人と人との関係で作られるというニュアンスが強く出て、本作のテーマにピッタリだ。主人公の松永久秀が夢を追い求めつつも、人の流れに阻まれ、揉まれ、そして最期は人に夢を託し、自らは死んでいく。なるほど、世の中は、歴史はそうやって作られていき、今の世の中に繋がっている。そして、これからもその繋がりは絶えることがない、と思わせてくれた。

大悪人である松永久秀を、世の中の仕組みを見極め、正しき道を進む求道者のごとくに描いているのはいささか持ち上げすぎの感じもするが、そこはフィクションであり、娯楽小説であるのだから、わかり易い方がいい。小説の中のヒーローは格好良くなければいけないのだ。その意味で、とても楽しませてくれた作品だった。長編ではあるが、織田信長が昔語りをする形で話を進めるなど、アクセントになっていて飽きさせない。大河ドラマにするにはフィクション部分が多すぎだろうが、あの明智光秀だって取り上げられたのだし、いつかは松永久秀の物語をTV見てみたい、なんてことも思わせてくれた。

楽しい一冊でした。

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